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『1950年代』のおすすめ映画一覧

目次

1950年代おすすめ映画ランキング(28作品)

1.ローマの休日

オードリー・ヘプバーンは映画史に残る美女だが、ただ容姿が美しいというだけの女性は大勢いる。だが、彼女には『ティファニーで朝食を』など、いくつも名作を持っていて、それは彼女が容姿だけに頼っていないことを意味する。

『女性の美しさは、身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。』

それは、この彼女の言葉からもうかがうことができる。『ティファニー』の時には物事を深く考えない若い女性を演じ、この映画では長い間品性を学んで、それが人生に染み付いた見事な王女を演じた。この作品から儚い切なさと尊さを覚えることができるのは、彼女のような俳優陣が一流だからだ。



2.尼僧物語

これが実話というのは今調べて初めて知った。だとするとこの映画は更にすごい。オードリー・ヘプバーンは好きだが、『麗しのサブリナ』は苦手だし、彼女のことをえこひいきすることはない。そして、尼僧(にそう)という尼さんの話、2時間半という長さ。1959年の古い映画など、様々な眉間にしわを寄せる要素が、少し私の態度を斜めにしていく。だが、観終わった後私はこの映画を『名作』として位置付けた。そして今調べて更に実話だと知り、その価値がまた一段階上がったのである。

父の死後、僧職を捨ててナチに対抗することを決意した当時のベルギー及びベルギー領コンゴで看護師をつとめる実在のマリー=ルイーズ・アベ(シスター・ルーク)の半生を、オードリーヘップバーンが演じているのだ。こんなにも私に近いレベルで自分に厳しくする精神世界を描いた映画に出逢えるとは思っていなかった。まるで『空海』や『禅 ZEN』で、空海や道元を見ているのと同じだった。

私は無宗教だが、恵まれた環境があったおかげで『内観』という自分の心と一週間向き合って座禅を組む修業をしていたり、剣道、ボクシング、会社経営など、多くの『自分に厳しくする』ツールと向き合い、例えば8000の名言と向き合って内省するなどして、こうして文章を書いてきた。

世の人が、『お坊さんじゃないんだから』とか、『修行僧やん』と、軽々しく口にすることがあるだろう。私はそういう時、彼らとは完全に違う温度で、『そりゃそうだろ、その通りだよ』と断言するような人間である。その『温度差』を覚えてしまうような人は、この映画の価値を見抜くことはできない。一度人生を深く潜った人間は、そうしてこの世界にあまり差別的な目を持たなくなってくる。

例えば『エネルギー不変の法則』だ。ロマン・ロランは言った。

『自然のなかには、ぼくの愛に値しないものは何もない。一人の人間も、一本の木も。』

宇宙を成り立たせているエネルギーの総量は、形を変えても一定、という法則である。例えば、木を切り倒して薪にして燃え盛る火にくべると、もともとあった木という存在のエネルギーは、熱エネルギーと気体になったエネルギーに換えられるだけで、『エネルギーの総和』は変わらない。

ロマンロランの言葉の意味が見えてくるようになる。だから例えば、『ドラゴンボール』でベジータが『自分の無力さと情けなさ』にキレて超サイヤ人になった話と、『尼僧物語』の話に関連性があることも見えてくる。

『漫画やん』とか、『中二病がすぎる』という言葉を軽々しく口にするような人間は『私以上の”半可通”』である。彼女の気持ちが分かるか。彼女ほど自分に厳しい人生を送っているか。彼女だけではない。そうして愛と理性の道を突き進むすべての探究者に、敬意を持ちたい。



3.シンデレラ

かぼちゃの馬車を出す魔法使いは、『ビビディ・バビディ・ブゥ!』というあまりにも有名な呪文を唱え、0時までシンデレラを美しい王女の姿に変える。実は、王子がガラスの靴を手がかりにシンデレラを捜す際、連れ子の姉たちは靴に合わせるためにナイフで足(長女が爪先、次女は踵)を切り落とすというもう一つの物語もあるという。ガラスの靴に王子様に、少女が一度は憧れるファンタジーの世界だ。『シンデレラ城』は、もはやディズニーランドの象徴でもある。



4.明日に向かって撃て!

実在の銀行強盗ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドに取材した西部劇で『俺たちに明日はない』等のアメリカン・ニューシネマの代表作の一つ。そこではボニーとクライドという実在した強盗コンビが描かれるが、今回も実在した人物だ。だが時代は彼らよりも40年ほどまえの1890年の西部が舞台である。

当初はポール・ニューマンとスティーブ・マックイーンが折半してゴールドマンから脚本を買い取り、ニューマンはサンダンス・キッド役で出演する予定だったが、その役は当時無名だったロバートレッドフォードが演じることになった。この時代の

  • ポールニューマン
  • ロバートレッドフォード
  • スティーブマックイーン

と言えば今では皆大物俳優だ。ロバートレッドフォードの若い頃はブラッドピットそっくりで、当時で言うところのディカプリオとブラピという二人の大物が共演した作品と言えるだろう。



5.雨に唄えば

良い映画かどうかが決まるのは、『どれだけ心が動かされたか』というところが大きなポイントの一つである。この映画は、『Singin’ in the Rain』だけが見どころなのかと思っていたら、全く違ったようだ。これだけのクオリティのものを仕上げるためにどれだけの苦労が必要か。それは、少しでもクリエイティブに携わったことがある人なら誰もがよく分かることである。

この映画にもし何かが欠けていると思うなら、それは単なる『時代のズレ』だ。これは、映画界に残る不朽の名作である。ちなみに私が1960年以前の映画で『超えてきた』と感じたものは、

  1. 素晴らしき哉、人生!
  2. 雨に唄えば
  3. 西部戦線異状なし
  4. 赤ちゃん教育
  5. ローマの休日
  6. ティファニーで朝食を
  7. 禁じられた遊び

ぐらいしかない。



6.禁じられた遊び

人は死ぬギリギリまで『綺麗だ』と感じることができるという。つまり、人間は綺麗なものに異常なまでに執着し、汚いものは見ようとしない。それは確かに、人がこの儚い人生を力強く生きていくための、知恵でもあるだろう。であるからして、我々はこの映画で最初にあるシーンを、忘れようとする。だが、そうはさせない。エンディングで我々は、映画からそういうメッセージを受け取ることになるだろう。

ちなみに私が1960年以前の映画で『超えてきた』と感じたものは、

  1. 素晴らしき哉、人生!
  2. 雨に唄えば
  3. 西部戦線異状なし
  4. 赤ちゃん教育
  5. ローマの休日
  6. ティファニーで朝食を
  7. 禁じられた遊び

ぐらいしかない。



7.七年目の浮気

マリリン・モンローが地下鉄の通気口に立ち、白いスカートがふわりと浮き上がるシーンがあるのがこの映画だと知り、いつかは観るべきだと取っておいた。だから記念すべき2000本目の鑑賞映画にこれを観た。実際には、別に観たい映画は大体見てしまっているので、どれかを選ぶならということで、歴史あるこの映画を選んだまでだ。マリリンモンローに対しても思い入れはない。もう70年も前の50年代に活躍した女性だ。

更に、そのシーンは一瞬で、対してハレンチでもなく、あっけないものだった。だが、この大観衆の前での撮影風景を見て、野球選手だった夫のジョー・ディマジオが激怒し、二週間後に離婚が発表されたという。彼は彼女をとても愛していたので、嫉妬からのことだろう。『マリリンとアインシュタイン』などと一緒にこの映画を観たい。

この映画の内容自体は1955年の映画ということもあって特に斬新なものはないが、クスッと笑えるシーンもいくつかあり、まあまあの見応えだった。だがやはり時代には敵わない。今の若者にこの映画の良さを聞いてもさっぱりわからないだろう。



8.蜘蛛巣城

シェイクスピアの戯曲『マクベス』を黒澤明がリメイク。正直、この作品の映像があまり好きではなかった。基本、日本の時代劇を幼少期に祖母か何かの影響で観すぎたこともあって、ちょんまげなり、着物なり、そういうものに拒絶反応が。海外の人は逆に新鮮で唯一無二だから美しいと感じるだろうが、彼らとて見過ぎた地元の国の時代劇を見るのに飽きた人も大勢いるはずだ。

だが、この作品はその他の時代劇とは一線を画す。やはり黒澤明という人物は実力者なのだということを、自然と理解する映画となっている。私のように一歩距離を置き、冷めた目で見る、正直なことを言おうとする人間にこう言わせるのだからすごい。原作の世界観に能の様式美を取り入れているところは別にどうでもいい。能も、歌舞伎も、一度も観に行ったことはない。それが正直な感想だ。

だが、亡霊が出てくるシーンや、ラストシーンなど、私をテレビの真正面に黙って座らせるだけの迫力と異質な雰囲気を見事に作り上げている。そして、実は調べて今知ったのだが、ラストに主人公の三船が無数の矢を浴びるシーンがあるのだが、このシーンは実際に三船やその周囲めがけて本物の矢を射って撮影したという。いや、確かに私も

これはどうやって撮影してるんだ・・

と思いながら観ていたのだが、まさか本当に射ていたとは。細部までこだわるのが黒澤明だとは知っていたのだが、まさか本当に射っていたとは知らなかった。だとしたらこれは衝撃的な映画だ。ここまでやるから人の心をわしづかみにする。海外ではシェイクスピアの映画化作品で最も優れた作品の1つとして評価されている。



9.パリの恋人

この映画はヘプバーンの圧倒的な華とクオリティの高いダンスに、多くの女性が夢見るシンデレラストーリーという大筋だけじゃなく、『共感主義のフロストル教授』という存在が一つの鍵になっている。『共感主義』というのは存在しない。誰かが考えていたとしても、基本的な哲学を学んでこうした言葉と出会う人はいない。この映画独特の概念である。

ヘプバーンが演じる主人公は、フランスにて哲学的な話に花を咲かせたいと願っていて、そのフロストル教授というフロイトだか、フロストだかを思わせるような哲学の教授と話すことに喜びを見出す。フロストル教授で遠まわしに哲学の巨人に触れることからも、時代的にこれは、『共産主義』に遠まわしに触れているように見える。

1957年のこの時代、共産主義は世界の脅威になりつつあった。アメリカとソ連の冷戦は、第二次世界大戦の終結直前の1945年2月から1989年12月までの44年間続いたが、それは資本主義(アメリカ)VS共産主義(ソ連)という思想の戦いでもあった。いや、思想の戦いではなかったかもしれない。国家の帝国主義における戦略的なアプローチにすぎなかったかもしれないが、しかしとにかくマルクスが主張した共産主義、社会主義というのは、当時人々を魅了したのである。

共産主義→銀行強盗→FBI

アメリカで言うとこういう具合に人々の人気を得ていた。かなり前の段階から共産主義者がテロリズムを行ったりして注目を集め、『人々はもっと平等であるべきだ』と主張したのだ。銀行強盗は大恐慌が関係している。『俺たちに明日はない』のボニーとクライドもヒーロー視される。かつてフランスでナポレオンが混迷の時代に人々の期待を背負ったのと似ているだろう。だが、人間は単純だ。それらを取り締まるFBIが創立し、彼らが鮮やかな活躍を魅せるようになると、今度は彼らが伝説視される。

さて、ここで言う『共感主義』だが、やはり彼女の思い入れの感じ、そして、まるで宗教に夢中になってしまっているかのように『横道に逸れる』イメージで展開される流れは、当時のアメリカの時代背景を描いているのかもしれない。

『共産主義思想に流されるな!』

そんな当時のアメリカの様子を思い浮かべながら、様々な含みを楽しみつつヘプバーンの魅力的なダンスなどを見ていく。

また、彼女が熱望したその教授などがいる場所では哲学的な議論を行う人々の姿が映し出されるが、当時フランスで『哲学カフェ』というのがあった。哲学者マルク・ソーテ(1947年–1998年)がフランスのパリで創立したのがそれだが、「カフェ・デ・ファール」というそのカフェでは、映画と同じようにそういう談合が行われていた。また、『マザー2 ストイッククラブ 元ネタ』では一件も出てこないが、恐らくあのゲームをやっている人はそのクラブを思い出しただろう。哲学するだけの場所が存在したのだ。

やはりヘプバーンの映画は、ただ美しい美女がその容姿にかまけて『ドヤ』とその一本鎗で突いてくるのではく、いつでも教訓性と驚きに満ちていて、素晴らしい。



10.戦場にかける橋

題名の「戦場にかける橋」とは、タイ王国のクウェー川に架かるクウェー川鉄橋を指す。この映画の原作者ピエール・ブールは、1943年に日本軍の捕虜となり、1944年に捕虜収容所を脱走し、イギリス軍の水上機で脱出している。この映画に彼の名前を持つ人間は出てこないが、この作品の内容に瓜二つの過去を経験していることから、その小説が自己の体験に基づき書かれたものであり、それを基に作られ、脚色されたこの映画の本質には、真実が含まれていることになる。

捕虜が奏でる口笛の音色『クワイ河マーチ』があまりにも有名で、これを知らない人は、ビールか何かのCMの音楽かと思うだろう。それくらいよく耳にする曲であり、それがこうした危機的状況で歌われたものだとは想像できないだろう。ちなみに、この後に1989年にイギリスで制作された映画『戦場にかける橋2/クワイ河からの生還』(原題:Return from the River Kwai)は、原題・邦題共に本作の続編であるかのようなタイトルだが、実際には無関係の作品で、本家権利元から商標侵害について訴訟を受けているという。

そのようにして思わずおこぼれを貰いたくなるほどインパクトのある一作だと言えるだろう。この映画によって、『イギリス人は日本人に捕虜にされた』という事実が印象付けられたのではないだろうか。その他、『レイルウェイ』、『戦場のメリークリスマス』、『アンブロークン』なども同じ状況であり、ぜひこれらの作品すべてを見て、当時の状況をなるべく正確に把握したい。



11.七人の侍

この映画を過大評価する人が多いように見受けられる。これを本当に現代の人が観て大絶賛するのだろうか。私は、よくいる『名作を褒めると通っぽく見える』という馬鹿が意味も分からず評価しているようにしか思えなかった。映画『ボディガード』では、ケビンコスナーの役がこの映画を何十回も観たと言うし、黒澤映画は世界の映画だ。『世界で有名な日本人』のトップ10には、尾田栄一郎、鳥山明、宮崎駿などが名を連ねるが、黒澤明は亡くなっているにもかかわらず鳥山明よりも上の『4位』という認知度だ。



12.理由なき反抗

伝説の俳優ジェームズディーンの演技を見るのはこれが初めてだった。ディーンは、本作公開の約1ヶ月前に交通事故により死去した。まだ24歳という若さだった。彼が伝説ということについて、椎名林檎は暗にこう述べている。『若くして死んだ人は伝説になる』と。これは、hide、尾崎豊、シドヴィシャスなどもそれに該当することになるだろう。だが、伝説になる要素はそれだけじゃなく、実力や才能もそこに加味されるべきである。ここに挙げた者は全員それを持ち合わせていたと言えるだろう。

ではジェームズディーンはどうか。私はここまでに1800本の映画を観たが、その私からすると、かなりの才能があると言っていいだろう。年齢は考えなければならない。そして、同じ時代にあった他の映画や当時の時代背景も考える必要がある。当時のことを詳しく知るわけではないが、同じ1950年代の映画をいくつも観ているが、それらに登場する役者たちと彼の演技を比べてみても異彩を放っている。

いや、カリスマ的に光り輝いているとまでは言わないのだが、明らかに才能があるのがにじみ出ているのである。『こなしている』。そういう印象を得る。そしてそれはもちろん違う作品を観て確信に至るわけだ。この後に『エデンの東』を観たのだが、そこでの彼はこの映画の彼と違う表情を見せていた。この男、現代を生きていたらいったいどのような映画に出演し、どのような演技をしてみせたのか。そんなことまで想像させる、稀代のタレントである。



13.お熱いのがお好き

マリリン・モンローを観るのは初めてだったが、エリザベス・テイラーといい、ナイスバディというその特徴も、人気の大きな理由だっただろう。とにかく、あの有名な音楽が聴けて良かった。それに、作品全体も爽快で、白黒だがいつの時代の人が観ても十分楽しめる映画である。最後の10秒ですら、面白かった。



14.ジャイアンツ

ジェームズ・ディーンとエリザベステイラーの共演というだけで極めて価値の高い映画である。ジェームズディーンは24歳という若さでこの映画公開の一年前に死去しているが、どのみちこの若さでこのような演技ができるということは、控えめにいって凄い。彼のほかの映画も観たが、その映画で役を使い分けている印象を受ける。木村拓哉が『全部キムタク』と揶揄されがちだが、その考え方で言うと『全部ジェームズディーン』にはならない。

その傾向はオードリー・ヘプバーンにも見られることだ。エリザベステイラーの話にしたいところだが、まだヘップバーンほど映画を観ていないので分からない。とにかくレジェンド級の俳優たちはその容姿だけではなく、実力も兼ね備えていた。

デビュー作『エデンの東』の著者であるジョン・スタインベックは「気難しい性格で、反抗的かつ感情的でありながら同時に冷静な一面も持ち合わせており、シニカルで傷つきやすい」と彼を表現したという。それは見事に彼がカメレオン俳優であることを裏付ける話だ。

映画の話に戻ろう。2005年に「文化的・歴史的・芸術的にきわめて高い価値を持つ」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に登録される。また、女性の自立の問題や人種問題など、21世紀になった現在でも直面している問題に対して、先駆的な問題意識を観客に届けている。

映画監督のマーティン・スコセッシは、1978年時点で本作を40回以上見るなど大きな影響を受けた。荒野だったテキサスの土地と共に成長していった野心あるアメリカ人は、ある種アメリカ人すべての心に突き刺さる。アメリカ人自体が、アメリカ大陸に移住してきた民族だからだ。そこで一からやらなければならなかった。インディアンを迫害するなどの闇を抱えるが、それとはほぼ無縁の今の世代も、心底では彼らや『西部開拓史』のようなアメリカ人の生き方が、気になってしまうのである。



15.エデンの東

エデンの東は、ジョン・スタインベックが1952年に発表した長編小説。旧約聖書の創世記におけるカインとアベルの確執、カインのエデンの東への逃亡の物語を題材に、父親からの愛を切望する息子の葛藤、反発、和解などを描いた作品である。ジェームズ・ディーンはこの映画で初めて映画に出て主演。そしてこの作品で名実ともに一躍スターの地位を不動のものとした。

『理由なき反抗』のレビューに書いたのだが、彼の当時の23、24歳という年齢、そして映画初出演ということを考えると、才能の塊としか表現しようがない。私は他の人がいいとか、名作として有名だという理由で映画や人を褒めることはなく、むしろそういう浅薄な人を今言ったように『浅薄だ』と揶揄する側である。その私が言うのだ。そしてその援護射撃をしてもらおうとして確証バイアス的に情報を集めると、

『さよなら、さよなら、さよなら』

で有名な「シュワちゃん」の名の生みの親、淀川長治は、父に豆相場で儲けた大金を贈ろうとして父に拒絶されるシーンで

「身体中から悲しみの声を振り絞り、男泣きに泣き出してしまうところのディーンのセリフと演技は、まさに彼の他にあれだけ悲劇的な詩情を匂わせる役者はいない」

と語っていたという。そう。『理由なき反抗』で見せた彼とは全く違う色の彼を演じられるあたり、そこに『才能がある』と言わざるを得ないのである。



16.ジュリアス・シーザー

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の映画化作品。ただ、この話はシェイクスピアの名作というよりは史実を描いているわけだ。

『ブルータス、お前もか!』

もシェイクスピアの空想話ではなく、歴史の専門書にも普通に出てくることだ。占い師だとか、悪夢を見た妻カルプルニアだとか、そういうこともすべて専門書に出てくる。だからこれは単に、紀元前44年のローマ帝国の重要なワンシーンを描いた、歴史的資料に等しい。



17.ベン・ハー

この作品は1959年のもので、それが世界中の様々な人物に影響を与えた。名作中の名作と数えられ、2015年版の映画は『これを出す必要はない(前作が完璧だから)』とまで言われた。だが、私は単純に新しい技術のものを見たいので、古い映画よりは新しい映画が観たい。新しければいいというわけではないが、悪いが1950年~80年代の映画を今観ても、正直無駄が多く、ところどころがチープなクオリティで、幻滅する。

古い=過去の歴史、というイメージを持てて歴史を感じるメリットはあるが、別に『グラディエーター』だとか『トロイ』のように見応えのある新しい映画はあるから、そのような文句を言っているのはおそらく50代以上の人だろう。『スパルタカス』も、題材はいいが別に私は当時の映画のクオリティには満足いってない。しかしとにかく、このような論争を生み出してしまうほど、重要な作品。それが『ベン・ハー』だ。イエス・キリストが生きた時代のローマ帝国を切り取って作られた、見応えのある映画である。

この映画では『業病(ハンセン病)』にかかる人物が話の重要なカギを握ることになる。



18.クォ・ヴァディス

ノーベル文学賞作家のヘンリク・シェンキェヴィチの同名小説『クォ・ヴァディス』を描く。『ベン・ハー』の時代から少し経ってからローマ皇帝が暴君と言われたネロになってからの時代だ。したがってこの話の軸となる人物はネロ、そしてイエスの後を継ぐキリスト教のトップ2の一人、ペテロということになる。暴君ネロはキリスト教徒を迫害したことで有名だから、キリスト教の話がここでも主軸となってくる。



19.泥棒成金

主演のケイリーグラントは『シャレード』でオードリー・ヘプバーンと、『モンキービジネス』でマリリン・モンローと、『赤ちゃん教育』でキャサリンヘプバーンと、そして今回でグレース・ケリーと共演していて、今の時代も名を知る伝説的な女優たちとの共演が多いだけでも、注目が集まる俳優である。今の所私はシャレードとこれを観たが、両方とも名作だ。特にこれらの映画は70年も前の映画だというのにそう思わせるのだから凄い。

またこれは余談だが、公開翌年の1956年、主演女優のグレース・ケリーはロケ地のひとつであるモナコ公国のレーニエ大公と結婚する。その様子はニコールキッドマン主演の『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』で見ることができる。また、本作にはモナコ市街を一望するチュルビ村までドライブするシーンがあるが、グレースケリーこと、グレース大公妃は1982年にこの場所の近くで自動車事故を起こして他界した。



20.波止場

1954年という古い映画としては中々見応えがある。男が巨大組織に立ち向かい、信念を貫くという行為は不変的な価値があるものである。それはもちろん男というだけではない。『スポットライト世紀のスクープ』、『インサイダー』、『ニュースの真相』などで巨大組織(カトリック教会、巨大タバコ企業、国家)に立ち向かう男女の姿を見ることができるが、それらも全く同じで、価値があるものだ。

この場合でピックアップするならば、彼は元ボクサーのチンピラということ。そうなると、チンピラで終わるか、大物マフィアになるか。それとも、マフィアにそもそも大物などいないか。そういった男としての哲学と、人間としての生きる哲学がこの話に介入することになり、その大きな人間の決断が、見ている人の心を揺り動かすことになる。

したがって、彼が最後に取る行為に大勢の人が注目することになる。ゴッド・ファーザーで有名なマーロン・ブランドは「20世紀最高の俳優」と言われるが、そのいわれるゆえんが垣間見える力作と言えるだろう。



21.アフリカの女王

『アフリカの女王』。それは、人間の女性ではない。船の名前である。では、なぜ船の名前がタイトルになるのか。そこが重要である。彼女たちはその船に乗る必要があった。もうそれしか、生きる目的が見当たらなかったのだ。しかし男性は違う。そんな形の違う男女が、旅の最中に恋に落ちる。ボギーの映画で好きな映画をあげるなら、『カサブランカ』かこれである。



22.ビルマの竪琴

戦争が終わった。時は1945年の8月になったからだ。ビルマ(ミャンマー)伝統の竪琴「サウン・ガウ」がある。だから、それを使って作品を作れば、それは戦争というあってはならない歴史の汚点と、その他の目立つ地域の影響で埋もれる、こうしたエリアに対し、人は目を向けるようになる。

戦争が終わった。日本軍は、なんとか日本に帰ることさえできれば、もう地獄のような体験をしないで済むはずだった。だが、男は帰らなかった。いや、帰れなかった。そこに多くの戦死体があるからだ。ビルマで竪琴の哀しい音色が鳴り響いた。そこにあるのは、大自然の真理と一体化した、繊細で厳かな、警鐘である。

 著者はこの物語は空想の産物でありモデルもないが示唆になった話はあると記していたが、20数年後に武者一雄が著作した本が出版され宣伝された後に水島上等兵のモデルは、ビルマで終戦を迎え、復員後僧侶になった群馬県利根郡昭和村の雲昌寺前住職 中村(武者)一雄と言われるようになった



23.裏窓

この女性役の俳優に妙に違和感を覚えたのだが、彼女がグレースケリーであるということは調べてわかった。私が観慣れている彼女は下記の写真なので、これとはちょっと違う印象を覚えたので、違和感だけしか得られなかったようだ。要は、少し斜めになっているだろう。この映画では彼女の全体が見えるが、彼女の輪郭はもう少し『四角形』に近いので、『顔がでかい』とまではいかないが、小顔で三角形の華奢な女性の印象というよりは、少しがっしりした印象を持つ。このポスターを見ればその感じが少し伝わるだろう。

しかし、それを踏まえても美女は美女だ。この映画の一つの見どころがグレースケリーだと言っていいほどである。また、男役が『素晴らしき哉人生』のジェームズ・スチュアートであるからして、これは豪華共演が楽しめる映画と言えるだろう。

さて内容だが、時代限定のシナリオと言ってもいい。他にこのような切り口の映画を観ないので新鮮さはあるが、一度観ればもう違う映画で同じような手は使えないというような、そういう印象である。そういう意味で、『サイコ』で有名なヒッチコックが監督ということもあり、この当時の初見インパクトは大きく、当時の人からすれば十分見応えのあるサスペンスだっただろう。1954年の映画である。



24.黄昏

戦前の米国映画は、「ボーイ・ミーツ・ガール」という典型的な法則に支配されていたという。つまり、一人の青年が一人の少女に会い、恋に落ちる。そこへごたごたが起きて二人の仲はピンチになるが、その危機は克服され、二人はめでたく結ばれる。というハッピーエンドである。

これは1952年の戦後の映画だ。だからこの法則を逸脱する動きを意識しているのか。とにかくそう単純な映画ではなく、中々哀愁のあるラストシーンを展開してくれる。当時を生きた人間だから明言はできないが、映画というものも他の一切のものと同じように、試行錯誤で、日進月歩、積み重ねて模索してきたはずである。だからこそ例えば現在は、過去のリメイク作品が多く、彼ら曰く、『もうパターンをやり切った』という。

つい、古い映画を観ると作品のクオリティというよりは、そうした裏の背景を想像してしまう。こうやって、積み上げてきたのだと。



25.悪魔のような女

「鑑賞後、ストーリーを決して口外しないように」。こういうテロップが流れるこの映画は、そこが一つの見どころである。このタイトルのインパクトもすごい。何とも、現代版で、これとは全く違うストーリーでこのようなタイトルの映画をやってほしいものである。最近の映画にそういうものはないので、新鮮な感覚になるだろう。展開としては、『古畑任三郎』などそうした類の映画でよく見かける内容である。

そういう意味でも、やはり古い映画というのはそれだけ現代人にとってはチープに映る。(これが何で高い評価なの?)という感想を抱く。当時からすれば斬新で怖かっただろう。それは、フォード車のようなクラシックカーが『最新』だったころのその感覚に等しい。我々は現代のハイクオリティな車に乗り慣れているので、古い車に乗ってもクラシック的な価値以外に価値を見出すことはできない。

だが、こうした映画が映画人に影響を与え、クリエーターに影響を与え、そうやってリレーのように繋いで、紡いで、例えばその『古畑任三郎』などに繋がってるはずだ。そういう敬意を持ちながら、過去の作品に触れたい。



26.突撃

フランス軍のブルラール大将はドイツ軍の堅牢な陣地、俗称『アリ塚』を陥落させようと画策し、ミロー大将の師団に攻撃を命令する。このように、『この陣地を取れば戦況がこちらに優位になる』という話は覚えておいたほうがいい。様々な戦争映画によく出てくるシチュエーションだ。往々にして、そこを取るために命がけで戦い、多くの人が命を失われる。『戦争の最前線』として多くのドラマが生まれる舞台でもあるので、スポットライトが当てられやすいのだ。

情報というものは包括的に集めなければ実態が見えないわけで、この1957年の『突撃』と並び『フルメタルジャケット』も「反戦映画」と称される事があるが、キューブリック監督自身にはいずれにも「反戦映画」という意識はなく、脚本家マイケル・ハーはキューブリックから「戦争そのものを映画にしたい」という企画意図と『突撃』が「反戦映画」と見なされていることに対する落胆を聞いているという。

これは『フルメタルジャケット』のWikipediaにある情報だが、しかし実はキューブリックのWikipediaページには『反戦映画の突撃』とある。動画配信サービスにも『反戦映画の名作』とあるが、恐らく彼のことだから『反戦映画ではない』というのが正解だろう。なぜそう言えるのかというと、『時計仕掛けのオレンジ』の宣伝コピーを、

『レイプとウルトラ暴力とベートーベンがオレの生きがい。』

というセンセーショナルなものに作り上げた時の話だ。この映画に触発され、犯罪に走る若者が増えた。だがキューブリックはこう答えた。

『芸術家は作品の芸術性にだけ責任を持てばいい』

彼は人間の持つ『生のカオス』にスポットライトを当てたかったらしく、その他と違うある種非常識な考え方があるからこそ、彼の作品は異彩を放つのである。



27.イヴの総て

男性の成り上がり映画はいくつもあるが、女性のそれは少ない。それは往々にしてテストステロンという男性ホルモンが関係している。このホルモンは女性には男性の20分の1ほどしかなく、代わりにあるのはエストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンである。したがって、これらを故意に注射して濃度を上げることによって、髭が生えたり、怒りっぽくなったり、そういう現象が起きるわけだ。性転換の際にも必ず考えるポイントとなる問題である。

このテストステロンというのは『男性らしさ』の元であると言えるだろう。実は、街中でクラクションを鳴らす人間の9割以上が男性で、その他傷害罪などの暴力行為、そして、弁護士などでバチバチに『戦う』ために必要な要素の一つが、このテストステロンなのである。したがって、女弁護士やキャリアウーマンといった男性顔負けの女性たちには、テストステロンの濃度が高いと言われている。これが、男性の成り上がり映画はいくつもあるが、女性のそれは少ない理由の一つだ。

そしてそれは、実際にキャリアアップしていこうとする女性にとっては都合がいい話だ。なにせ、常に自分の都合のいいような『勘違い』を、勝手に周りがしてくれるのだから。それで競争優位性を得れば、展開はなるべく自分の思い通りになる。



28.麗しのサブリナ

『ローマの休日』に次ぐヘプバーンのヒット作であり、泣く子も黙る『ボギー』ことハンフリー・ボガートが出演するわけだが、私はローマの方がぐっと来るものを覚えた。よくは分からないが、トップスターが出ているというだけでヒットしたのではないだろうか。違うかもしれないが。



作品一覧(50音順)

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  • 『アフリカの女王』
  • 『悪魔のような女』
  • 『明日に向かって撃て!』
  • 『雨に唄えば』
  • 『イヴの総て』
  • 『裏窓』
  • 『麗しのサブリナ』
  • 『エデンの東』
  • 『お熱いのがお好き』
  • 『禁じられた遊び』
  • クォ・ヴァディス
  • 『蜘蛛巣城』
  • 『ジャイアンツ』
  • 『ジュリアス・シーザー』
  • 『シンデレラ』
  • 七人の侍
  • 『七年目の浮気』
  • 『戦場にかける橋』
  • 『黄昏』
  • 『突撃』
  • 『泥棒成金』
  • 『尼僧物語』
  • 『波止場』
  • 『パリの恋人』
  • 『ビルマの竪琴』
  • 『ベン・ハー』
  • 『理由なき反抗』
  • 『ローマの休日』




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