偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

ふむ…。
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目次
考察
サグラダファミリアのクライアントは、『神』ということになる。なかなか面白い発想だ。確かに、神の時間と人間の時間は、感覚がまるで違う。むしろ、神には時間がない可能性がある。『時間がない』ではなく、『時間という概念がない』のだ。神が、人のような生命であり、『いる』のであれば別だが、『ある』のであれば、そうだ。時間も距離も、宇宙も生命も星も太陽も全て、神の手中にある。
だからこれは、『神がいる』ということを心底から信じていなければ、理解できないゾーンだ。信じていれば、すぐに理解できるゾーンだ。結局この話は、宗教であり、信仰である。『神がいる』なら、ガウディの言う通り、自分の命の日数の間、という時間にこだわって何かをする必要はないわけだ。
目の前で飢えたオオカミがいたなら、彼らに自分の命を差し出して、彼らの命の肥やしになってもいい。それで『神』は喜ばれるだろう。信仰を持つ、持たないということだけで、こうも人間と人間の間に隔たりが出来る。私が着目しているのは、そこである。私は妙な違和感を覚えるのだ。しかしこの違和感の正体こそは、『神のみぞ知る』のである。
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