ポスター画像出典:『Amazon』
レビュー
久しぶりに『超越』した映画に出会った。

出典:『マズローの5段階欲求 』
超越というのは例えばこの『マズローの5段階欲求』の画像を見てイメージしてみよう。このマズローの話に特に厳密に合わせる必要はなくイメージでいい。例えば、『ブッダ(釈迦)』や『孔子』のような聖人たちをイメージすればいいのだ。彼らを見て、『自分たちと同じような人間』という風に解釈する人よりも、『彼らは自分たちとは別格にいる、神のような人間』と解釈している人の方が圧倒的に多いだろう。
彼らには『普通』の考え方は通用しない。例えばルソーは
と言っているわけだ。彼以外の言葉も出してほしいならあと100は出すことができる。そのように、偉人クラスの人間になると、『普通とは逆の方向』に行ったりして、とにかく普通ではないわけだ。そうしたイメージで、『超越』とは『普通の人』が辿り着けないような考え方を持っている人のステージなのである。
家庭の在り方にしても、一夫一妻制が往々にしては普通だが、ある国ではいまだに一夫多妻制が存在している。何が確定した正義かどうかは不明確なのだ。そうした、超俯瞰的な視点と、超越的なステージを一度想像して、この映画に臨む必要がある。
この映画の評価が『★3』なのは当然だ。この評価は『普通の人たちがつけた評価の累計の平均』なのだから。超越したステージを理解していない人間なら、★の数を少なくするに決まっている。
ゲーテは言った。
偉人たちの言葉は、出揃っている。

人生を熟考しなければならない。46億年だがそれくらい前に地球が誕生して、地球に生命が存在してからまだ40億年程度。人間が登場してからはどうだ。大した時間は経っていない。この後は?未来永劫人類は生き続ける?地球は?いつか消滅しないのか?タイムマシーンが発明されるならなぜ現代にその片鱗がない。
何がどうなるかは知らないが、もし、この人生が『恐竜と同じような運命』だったとしたらどうだろうか。いつか間違いなく生きていた。だが、いつか間違いなく絶滅する。そういう生命の運命を、その他の生命と等しく背負っている、ただの生命体の一つだったとしたらどうだろうか。
我々がこの人生で支配されていて、あるいはしがみついている一切のしがらみ(道徳、法律、ルール、社会制度といった一切の常識)は?何か、重んじる意味が、あるのだろうか?

もちろん、かといって銃を乱射した後に自殺するような生命の存在は、ぞんざいに見える。だが、この映画で彼女たちが最後に選択した道は、どこか『妙』だ。間違いなく、常識を破っていて、それによって何人かの人生が犠牲になってしまう。
だが、『それだけ』ということも言える。人生の中には、生まれてすぐに死んでしまうものもあれば、難病を患ってそれを一生背負っていく人もいる。この犠牲になった人たちは、そうした人達と比べてどうだろうか。
色々なことが頭を駆け巡る。彼女たちが最後にとった選択肢を断固として否定できる『生命』など、この世に存在するのだろうか。もしいたとしよう。だが往々にしてその人は、『普通の人』である。
補足分析(構造限定)
認知・心理構造
・「普通に生きる/普通に幸せになる」という前提が、無自覚の規範として共有されている構造
・生の有限性を直視したとき、人は意味・価値・幸福の定義を再編成せざるを得なくなる心理過程
・極限状況において、欲求階層(生存・承認・自己実現)が一気に圧縮・反転する認知の跳躍
倫理・価値観の揺れ
・社会的正しさ(規範・法・常識)と、個人的選択(納得・覚悟・尊厳)が衝突する局面
・「犠牲を伴う選択」を、外部から断罪する倫理と、当事者の内的論理との非対称性
・幸福/不幸という二分法自体が、超越視点では無効化される揺れ
社会構造・制度背景
・評価制度(★評価・レビュー平均)が、多数派の理解可能性を基準に形成される構造
・医療・家族・制度が「生を延ばす」方向に最適化される一方、「どう生き切るか」は周縁化されやすい力学
・超越的選択が、社会制度上では常に例外・逸脱として扱われる構造
言葉・定義・前提破壊
・「幸せ」「不運」という語が、時間軸・視座・当事者性によって反転し得る前提の破壊
・「正しい選択」という言葉が、結果論と多数派倫理に回収されやすい危うさ
・「超越」という語が、能力や優越ではなく、視座の移動を指す概念であることの再定義
現実対応構造
・映画内構造は、有限な生を前にしたときに人間が価値体系を再構築する現実の思考実験と同型
・社会が提供する意味づけを離れ、個人が独自の納得点を選び取る局面と対応する
論点抽出(問い)
- (問い1)幸福は誰の視点で決まるのか
- (問い2)社会的正しさは、個人の覚悟を裁けるのか
- (問い3)生の有限性を前にしたとき、欲求階層はどう変質するのか
- (問い4)「普通であること」は、どの時点で無効になるのか
- (問い5)超越とは逃避か、それとも直視か
人間理解ポイント
・人は理解できない選択を過小評価する
・多数派の倫理は、常に安全圏から語られる
・生の有限性は、価値基準を一変させる
・納得は外部評価と一致しない
抽象コア命題(普遍層)
- 命題1:(幸福と不幸は、視座が変われば反転する)
- 命題2:(生の有限性は、価値体系を再構築させる)
- 命題3:(超越とは、規範からの離脱ではなく再配置である)
誤認リスク補足
・本作を「極端な選択の肯定/否定」で読むのは誤り
・感動作・問題作というラベルで回収すると、超越視点が消える
・当事者の内的論理を無視した道徳判断は構造理解を阻害する
【テンプレ追記|解釈レイヤー固定文(共通)】
※本テンプレにおける補足分析は、筆者の主張・結論・立場表明を示すものではない。
※各作品は、筆者が内在させている「真理からの距離に対する違和感」や思考過程が、どのように照射・再確認されたかという構造的契機として扱われる。
※したがって、未来予測・価値判断・断言的結論として読むことは想定されていない。
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