ポスター画像出典:『映画.com』
レビュー
これは歴史的に非常に価値がある作品だ。トミュリス(Tomyris)は、紀元前530年頃の人物で、中央アジアのカスピ海東岸に勢力を有していたマッサゲタイ族の女王である。トミュリスを最初に書いた歴史家がギリシア人であったため名前はギリシア風に呼ぶことが多い。その最初の歴史家であるヘロドトスは自著歴史でトミュリスに関して、
マッサゲタエ族の国を侵略したアケメネス朝ペルシアの王キュロス2世率いるペルシア軍を破り、キュロスを殺害した
と記している。紀元前5世紀に、証拠を集めて解釈することによって過去への問いかけをはじめておこなったのが、古代ギリシャの著述家ヘロドトスとトゥキディデス。『歴史(ヒストリー)』という言葉はヘロドトスが初めて使ったもので、これはギリシャ語で『探究』を意味する。まさに、当サイトにうってつけの名前だ。彼の存在は大きい。
さて、どれだけこの話が歴史的価値があるというと、ヘロドトスの話とは関係ない。映画だ。映画としてこれまで、この時代の、この部分を切り取った映画がなかったのだ。ではここで、この世界の覇権の推移を見てみよう。
ヨーロッパの覇権の推移
紀元前7世紀の前半~紀元前609年。オリエントの統一王朝を成し遂げるが、アッシュル・バニパルの残虐性のせいで帝国が破綻する。
紀元前525年~紀元前330年。キュロス、カンビュセス2世、ダレイオス1世また統一し直し、インド北西部からギリシャの北東にまで勢力を伸ばす。
紀元前330~紀元前148年。フィリッポス2世がギリシャを、アレクサンドロスがペルシャを制圧。
紀元前27年~1453年5月29日(完全な崩壊)。カエサルが攻め、アウグストゥスが守る形で『ローマ帝国』が成立。
1200~1300年。チンギス・ハンが大モンゴルの皇帝となり、5代目フビライ・ハンの時にはアレクサンドロスよりも領土を拡大。
1453年5月29日~。かつてのローマ帝国は、『神聖ローマ帝国』と『ビザンツ帝国』の東西分裂をしていて弱体化していた。1453年5月29日、メフメト2世がビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを征服。
1571年、スペインは『レパントの海戦』であのビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国を破り、地中海の制海権を奪取(正確にはまだオスマン帝国に制海権があった)。更に、『ポルトガルの併合(1580年)』で『スペイン帝国』は最盛期を迎える。
今回はここまでだ。ここでいう、ペルシャ帝国の映画は『300』で、そこで抗ったギリシャの伝説『レオニダス』もそこで描かれる。更に、マケドニアのアレキサンダー大王については『アレキサンダー』でコリンファレルが演じ、ローマ帝国の話なら多くの映画がある。したがって、このトミュリスがやってのけた歴史を映画で観れるのは、有難いことなのである。
カザフスタンの映画ということで少しチープさを覚悟したが、そんな心配はいらなかった。これだけのクオリティなら十分だ。今後もこうして世界の映画技術が発展し、動画配信サービスなどの普及が進んでいくにつれ、埋もれていた歴史映像を容易に見ることができるようになるだろう。

[トミュリス女王(ティアラをした左から6人目の女性)ピーテル・パウル・ルーベンス作]
補足分析(構造限定)
認知・心理構造
・大帝国の拡張は「歴史の必然」として前提化され、周縁民族の主体性が不可視化される構造
・王権=男性という固定観念が、指導者像の理解を歪める心理的フィルターとして作用する
倫理・価値観の揺れ
・侵略を正当化する帝国倫理と、防衛・自存を基軸とする部族倫理の衝突
・復讐・正義・統治責任が同時に現れ、単一の道徳基準に収束しない局面
社会構造・制度背景
・遊牧社会と定住帝国という異なる社会編成が、戦争の意味づけを分岐させる構造
・王権が血統・武力・信仰の複合体として成立する古代国家の統治原理
言葉・定義・前提破壊
・「野蛮」「文明」「征服」といった語が、勝者の視点で意味付けられる構造
・史料記述そのものが、権力関係を内包した翻訳結果であるという前提の揺さぶり
現実対応構造
・映画内の構造は、帝国拡張と周縁抵抗が反復される世界史の普遍モデルと同型である
論点抽出(問い)
- (問い1)歴史は、誰の視点を基準に記録されてきたのか
- (問い2)防衛と侵略の境界は、どこで引かれるのか
- (問い3)指導者の正当性は、何によって成立するのか
- (問い4)女性統治者は、なぜ例外として扱われやすいのか
- (問い5)帝国の拡張は、不可避だったのか選択だったのか
人間理解ポイント
・人は勝者の物語を普遍史と誤認する
・権力は言語を通じて正当化される
・恐怖と誇りは集団行動を加速させる
・指導者像は文化的前提に左右される
抽象コア命題(普遍層)
- 命題1:(歴史は力関係によって語られやすい)
- 命題2:(防衛の名の下で、暴力は正当化され得る)
- 命題3:(周縁の抵抗は、帝国史の空白を照らす)
誤認リスク補足
・本作を単純な女性英雄賛美として読むのは誤り
・史料の正確性論争のみに焦点を当てると、構造理解が失われる
・古代と現代の価値基準を無批判に重ねやすい
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