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『スナッチ』 レビュー(感想)

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『スナッチ』

ポスター画像出典:『映画.com

15年ぶりに観たのでほとんど初見だったが、ブラピだけじゃなくジェイソンステイサムに、ベニチオ・デル・トロも出ていて、中々豪華な作品だったようだ。更に一番印象的だったのが、きっと大勢の人が見逃すであろう冒頭のシーンだ。私も実際に見逃していた人間の一人だ。『RAS(ラス)』である。『RAS(網様体賦活系)』とは、脳内にあるフィルターの事である。難しくもなんともない。必要な情報とそうでないものを見分け、不要な情報を遮断するフィルターがあるというだけの話だ。

例えば人がテレビを買いたいと本気で思っている時期、テレビやネットのCMがよく目につくようになる。その情報を本当に欲しいと願っているからだ。だがそうではない時期、我々はその情報をRASによってスルーし、違う情報に目を配らせるようになる。このRASのおかげで我々はこの世界に膨大に広がる情報を精査し、それらに支配されないように自らを守っているのである。

そのRASの影響でもある。だがここでさらっと行われる『聖書翻訳ミス』についての会話は、私にとっては中々興味深い話だ。9.11を経て、宗教についての疑問を爆発させた、『利己的な遺伝子』で有名なリチャード・ドーキンスの著書『神は妄想である』にはこうある。

『イブン・ワラクは、一人のイスラム教殉職者につき72人の処女を与えるという有名な約束において、『処女』は『水晶のように透明な白い干しぶどう』が誤訳されたものであると、愉快そうに主張している。 いまや、このことがもっとひろく知られてさえいれば、自爆テロの犠牲者となったどれだけ多くの罪なき犠牲者を救うことができていたことだろうか?』

実はある時代のある地域の人々は、命の源でもある水とは縁が希薄だった。まず見るべきなのはこの画像である。山梨県笛吹川フルーツ公園に行ったときに見たものだ。私はこれを見たとき、兼ねてから気になっていたある歴史的事実のことを思い出した。点と点が結び付き、線になったのだ。

アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)は『砂漠の宗教』と呼ばれていた。砂漠が当たり前の環境だった当時の彼らにとって、『ぶどう』は水に匹敵するほど貴重な存在だった。もしこれが本当に『翻訳ミス』ならば大変なことである。更に、『処女』と『翻訳ミス』についてあまりにも重大な話がもう一つある。『神は妄想である』にはこうある。

A・N・ウィルソンはそのイエス伝において、ヨセフがそもそも大工であったという定説に疑問を投げかけている。ギリシャ語の『tekton』は実際に大工を意味するが、これはアラム語の『naggar』という単語を翻訳したもので、こちらは職人や学者を意味することがあった。これは聖書を悩ませるいくつかの構造的誤訳のうちの一つである。 もっとも有名な誤訳は、イザヤ書が、乙女をさすヘブライ語『almah』を、処女を意味するギリシャ語『parthenos』に変えてしまったことである。簡単におかしてしまうまちがいだがこの一人の翻訳者の誤りが大きく膨らんで、イエスの母親が処女だったというまるっきり馬鹿げた伝説を生むことになるのだ!

‥つまり、

  1. ムスリムの自爆
  2. 処女から生まれたイエス

これは『翻訳ミス』から生まれた可能性が高いのである。 こういうことは『あり得る』。あり得るかあり得ないかで言えばあり得るのだ。 イギリスの哲学者、ラッセルは言った。

この事実がまさかスナッチの冒頭で触れているとは想像していなかった。9割がキリスト教徒であるアメリカでは珍しい話だ。

補足分析(構造限定)

認知・心理構造
・観客の注意は暴力・スピード・キャラクター性に強く誘導され、冒頭の短い会話や前提情報はRASによって選別・遮断されやすい構造
・「ギャング映画」というジャンル期待が、認知の焦点を限定するフィルターとして機能している

倫理・価値観の揺れ
・暴力・犯罪・裏社会が軽妙な語り口で処理され、善悪判断が即時には固定されない
・軽視されがちな言葉や前提が、背景次第で重大な意味を持ちうる点が暗示される

社会構造・制度背景
・多民族・多文化が混在するロンドン下層社会という舞台が、価値観の衝突と誤解を常態化させている
・宗教・言語・出自の差異が、明示されないまま物語の下層構造として存在する

言葉・定義・前提破壊
・翻訳・言語変換における意味のズレが、信念や行動を根本から変えうる構造
・一語の誤訳が、象徴的意味や神話的理解を肥大化させる危険性が示唆される

現実対応構造
・映画内の構造は、宗教理解・情報受容・翻訳を介した誤認が現実社会で拡大再生産される過程と同型である


論点抽出(問い)

  • (問い1)観客は何を「重要でない情報」として無意識に切り捨てているのか
  • (問い2)ジャンル期待は、どのように理解の射程を狭めるのか
  • (問い3)言語や翻訳のズレは、どの段階で信念へと転化するのか
  • (問い4)軽い演出の中に、重い前提を埋め込むことは可能なのか
  • (問い5)誤解はなぜ長期間修正されにくいのか

人間理解ポイント

・人は自分が見たい情報だけを選別して世界を理解する
・注意は期待によって方向づけられる
・一度形成された信念は、訂正情報を排除しやすい
・言語への無自覚さは誤解を固定化する


抽象コア命題(普遍層)

  • 命題1:(注意の向きが、理解の深さを決定する)
  • 命題2:(言葉のズレは、信念のズレへと拡大する)
  • 命題3:(前提を疑わない理解は、最も危うい)

誤認リスク補足

・本作を単なるスタイリッシュ犯罪映画としてのみ読むのは構造の取り落とし
・派手な要素だけを抽出すると、冒頭に仕込まれた前提が不可視化される
・作中人物の軽口と、示されている構造的問題を混同しやすい


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