『J・エドガー』　レビュー（感想）

02/03/202112/13/2025

レビュー

あの『FBI』を創った男、ジョン・エドガー・フーヴァーの物語である。誰もが知る超有名組織ができた経緯を見ておいて損はないだろう。1960年代、黒人公民権運動の盛り上がりを苦々しく思っていたFBI長官のフーヴァーは、キング牧師宅の盗聴を命じる。この部分で、キング牧師の物語と彼はつながっていることがわかる。彼にはある噂があり、それを伺わせる奇妙なワンシーンがこの映画で描かれている。

視聴二回目後レビュー

初めて見た時は、イーストウッド映画がどれだけ芯に迫っていて面白いかとか、フーバーが生きた時代の歴史について無知だったため、全くこの映画を過小評価していた。『表現されたものが現実のようすとそっくりに見える』という意味の『真に迫る』という言葉と、『物事の核心に迫る』という意味の『芯に迫る』という言葉の両方が彼の映画にふさわしい。ちなみに、後者は私の造語である。

1919年に、共産主義がテロ行為を行う。そこに至るまでには経緯があって、そうした自由を求める思想と、それを封じ込める思想との衝突があり、後者を指揮する上層部の人間に、テロ行為が行われたわけだ。この時は、司法長官アレキサンダー・ミッチェル・パーマーという人物が対象だった。

『パーマー・レイド（襲撃）』と呼ばれたその強制捜査に反抗する形だったのだろう。この時代は新しいことに挑戦し、未踏未達の領域に踏み込む、いやあるいは、アメリカの『最初の考え方』を強調する自由を主張する人々がヒーローに見えたという。

先にそのヒーローの図式を推移でみるとこうなる。

共産主義 → 銀行強盗 → FBI

こういう風に当時の人気は推移していったという。簡単に言えば、この共通点は『誰にも縛られず、自由にふるまう強者』だ。現代で分かりやすい『ヒーロー』も同じだろう。アメコミのヒーローでも何でも、その共通点は同じことである。日本のヒーローでも同じだ。悟空でもルフィでも、同じ共通点を持っている。

銀行強盗が流行したのは『大恐慌』という未曽有の不遇の時代が影響している。そうでもしなければ人は生きていけなかった。そしてそれを行動にしてやってのけた『ボニーとクライド（俺たちに明日はない）』のような人物たちが、英雄視されたのである。

なんと『デリンジャー（パブリック・エネミーズ）』のような凶暴な強盗でさえそうだったというのだから、それだけ大変な時代だったことが分かるわけだ。ちょうど、ナポレオンのそれと同じである。

1800年頃、ナポレオンはフランスの皇帝になるわけだが、彼が国のトップに選ばれたのは、1793年、ルイ16世とマリー・アントワネットはギロチンによって公開処刑されてしまったからだ。

その後、数人の政治家がフランスのトップに就くも、どれもその当時の狂乱にも似たフランスをまとめるだけの器量は持ち合わせていなかった。そこにナポレオンが登場したわけだ。

ナポレオンがしたことなどただの暴君なのに、彼が当時の人々に指示され続け、英雄されたのは、同じ理由があったからである。同じく、第一次世界大戦の傷跡に苦しんだドイツがヒトラーに期待したのも同じことである。こんな風に、少し勉強してからこの映画を観ると全く違う景色が見えてきて、奥行きが激増して楽しかった。

リンドバーグ
マッカーシー
ケネディ
ルーズベルト夫妻
アル・カポネ
ハルノート

といったキーワードや、それぞれの情報を知っていると更にその奥行きと階層は広がり、面白さが何倍にも膨れ上がる。

このように、フーバーという人物を通して考えることは膨大にあるが、知識が無いと『単なるマザコンの変態おじさん』に見えてしまうので、必ずこの映画の価値を見逃さないようにしたい。

補足分析（構造限定）

認知・心理構造
・外的脅威（テロ・思想・犯罪）への恐怖が、秩序への強迫的欲求を生む構造
・「守る側」に立つことで、自己の不安・逸脱・欲望が不可視化される心理過程

倫理・価値観の揺れ
・自由の擁護と、自由を侵害する行為（監視・盗聴）が同時に正当化される局面
・安全という名目が、倫理判断を事後的に無効化する構造

社会構造・制度背景
・国家の不安定期において、治安組織が象徴的権力を集中させる力学
・メディア・政治・捜査機関が相互補強的に影響し合い、権限が肥大化する構造

言葉・定義・前提破壊
・「敵」「危険思想」「非国民」といった語が、具体的行為を超えて人間を規定する装置として機能
・ヒーロー像の変遷が、価値の移動（反体制→体制）を隠蔽する前提の転倒

現実対応構造
・映画内の構造は、混乱期における「秩序の名の下の暴走」が反復される国家モデルと同型である

論点抽出（問い）

（問い1）恐怖は、どの段階で権力集中を正当化するのか
（問い2）自由を守る行為は、いつ自由を破壊し始めるのか
（問い3）英雄像は、社会不安に応じてどう書き換えられるのか
（問い4）治安と倫理は、どこで分岐するのか
（問い5）制度は、個人の歪みをどこまで内包するのか

人間理解ポイント

・人は不安の中で強い秩序を求める
・守護者は容易に監視者へ転化する
・英雄は時代の欲望を映す
・恐怖は倫理を後退させる

抽象コア命題（普遍層）

命題1：（恐怖は、権力の肥大化を招く）
命題2：（秩序の維持は、自由の侵害と表裏一体である）
命題3：（英雄像は、社会不安の関数として生成される）

誤認リスク補足

・本作を個人の逸話やスキャンダルとして読むのは誤り
・フーヴァーの人格評価に終始すると、制度構造が見えなくなる
・歴史的事実と、象徴的配置を混同しやすい

【テンプレ追記｜解釈レイヤー固定文（共通）】

※本テンプレにおける補足分析は、筆者の主張・結論・立場表明を示すものではない。
※各作品は、筆者が内在させている「真理からの距離に対する違和感」や思考過程が、どのように照射・再確認されたかという構造的契機として扱われる。
※したがって、未来予測・価値判断・断言的結論として読むことは想定されていない。