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『労働者』と『それを動かす人』は『血』からして別物?

バックミンスター・フラーの著書、『クリティカル・パス―宇宙船地球号のデザインサイエンス革命 』にはこうある。

カール・マルクスは、労働者に語り掛けながら、労働者階級は貴族階級とは生まれながらにして異なっているものと仮定していた。他の労働者階級の支持者たちにしろ、労働者と貴族は身体的にも血統的にも異なったものだと考えていた。貴族もこれを事実として、貴族間の血族結婚が不可欠なものと思っていた。


白人と黒人では人間としての価値が違うと考えたり、労働者と貴族では『血』からして別物であると考えたり、とにかく人間というものは『無知』であるがゆえに、恣意的推論を繰り返す生き物である。


恣意的推論(しいてきすいろん)

認知の歪みの一つ。『そうであろう』と勝手に決めつけること。


マルクスはここで言う貴族を『ブルジョワジー(資本家)』と呼び、労働者を『プロレタリアート(労働者)』と呼んだ。プロレタリアートが労働にしか生きる術を持たないにもかかわらず、労働することによってますます疎外されていくと考えた。つまり、プロレタリアートが生産した商品は資本家が所有し、資本家はそれを売って利益を得るため、プロレタリアートは永遠にその輪の中から外に出ることができない。


プロレタリアート

労働者のこと。

ブルジョワジー

資本家のこと。


単純に、『経営者と従業員』の関係を思い浮かべればいい。確かに『パレートの法則』を考えても、いまだにこの世は支配者と従属者の構図が世を支配している。


パレートの法則

世の中の大体のことが8:2(7:3とか)に分かれている、という法則。


  • ビジネスにおいて、売上の8割は全顧客の2割が生み出している。
  • 商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。
  • 売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。
  • 仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している。
  • 故障の8割は、全部品のうち2割に原因がある。
  • 住民税の8割は、全住民のうち2割の富裕層が担っている。
  • プログラムの処理にかかる時間の80%はコード全体の20%の部分が占める。
  • 全体の20%が優れた設計ならば実用上80%の状況で優れた能力を発揮する。


マルクスは、『資金奴隷たる労働者は団結し、暴力革命によって資本家階級を打倒し、労働者(プロレタリアート)独裁社会に移行していくのが歴史の必然だ』と考えた。社会は常にそうして革命を起こしてきたから、当時支配していた『資本主義社会』から、もうそろそろ違う社会に変わると考えた。それが『社会主義社会』である。


資本主義社会

個人が自由に資本を持つことができ、資本を持つ人が労働者を雇って商売をすることができる。したがって、競争があるため経済発展が進む。しかし、貧富の差が生まれやすくなる。

社会主義社会

個人が自由に資本を持つことはできず、国が立てた計画に従って生産が行われる。したがって、競争がないため経済発展が遅れる。しかし人間に格差が生まれず、平等に近い社会が生まれる。


STEP
旧社会が蔓延している

生産力が高まる。

STEP
生産諸関係との間に矛盾が生まれる
STEP
革命が起きる

例えば生産する人間が力をつけると、独立しようとしたりして、そこで生産する力を妨害し始める。

STEP
新社会ができる

革命によって旧社会が壊れ、新しい社会が生まれる。


そして事実、レーニンが主導したロシア革命によってそれは現実のものとなったが、その後ソ連は破綻してしまったのである。


STEP
資本主義社会を改革しようとした
STEP
レーニンによって社会主義社会を実現させた

いわゆる『ロシア革命』

STEP
しかしソ連は破綻してしまった


  • 『主人』VS『奴隷』
  • 『貴族』VS『平民』
  • 『領主』VS『農奴』
  • 『封建領主』VS『資本家』
  • 『ブルジョワジー』VS『プロレタリアート』


人間は遥か昔から階級同士で争いを続けてきた。そして『経営者と従業員』の関係を思い浮かべればわかるように、その考え方は今でもまかり通っているのである。パレートの法則を考えても、むしろ『1対9』の構図もある。


世界にある9割のお金を、1割の大富豪が所有している


のである。私はこの構図をよく理解する一人である。私の実家の隣人は超が付くほどの大富豪だ。昔ボールが入ったから塀をよじ登って侵入したら、正門は宮殿のような丸い柱が立っていたし、夏場は庭で打ち上げ花火をする。日本の資産家として数えられる本物の資産家だ。私は生まれてこのかた、彼らと接触したことがほとんどない。私の祖父も父も中小企業の社長だったが、その規模とは一線を画すのだ。


だからよくわかるのだが、彼らはまるで、『勝利者側』である。まさにここで言う貴族であり、ブルジョワジーであり、勝ち組であり、労働者を使って合理的に生産し、利益を得るというシステムを完全に自分のものにしている。『カジノで100億円する』とかそういうことをするお騒がせなせがれでも出てこない限り、彼らはその地位から転落することはないだろう。それは、30年間微動だにせずにどーんと豪邸を構え続けるのを間近で見てきた私の本音である。


実際にはそういうせがれが出てもそう簡単には崩れないのが資産家である。


マキャベリは言った。

これだけは民衆に言いたい。このことだけは、肝に銘じて覚えておいてほしい。為政者であろうと指導者と呼ばれようと、支配者の存在しない社会は、あったためしはないのである。(マキャベリ『政略論』)


おっと。『人間は平等なのだ』と言い始めたつもりなのに、いつの間にか『人間の一部は永遠に支配される運命にある』という話に変わってしまったようだ。一体なぜそうなってしまったのか。まるで『流れに身を任せて変えようとしないと、いつの間にか支配される』とでもいうかのようだ。さて、もし支配されたくない人は下記の記事を読むといいだろう。つまり、これを読めないのであれば、言わずもがなである。



当然、私は一度たりともこの図式を甘んじて受け入れたことはない。隣人の一部が傲慢な人間でよかった。隣人が資産家でよかった。私は彼らから学ぶことが大いにある。彼らからもらえるエネルギーが大いにある。覚えておかなければならない。私の恩師が言ったこの言葉を。

優しくなければ生きる資格はない。でも、厳しくなければ生きていけない。


論点構造タグ

#階級構造 #支配と従属 #資本主義と社会主義 #恣意的推論 #格差と勝者構造 #主体性の奪還 #1対9構図 #為政者の必然

問題提起(一次命題)

「労働者」と「それを動かす側(資本家・貴族・支配者)」は、本当に“血からして別物”なのか──そして、なぜこの支配/被支配の構図は形を変えながらも永続してしまうのか。

因果構造(事実 → 本質)

・マルクスとその時代の人々:労働者と貴族は“血統からして異なる”と仮定
→ 白人/黒人、労働者/貴族など、恣意的推論による優劣の物語が生まれる

・マルクス:資本主義の矛盾 → プロレタリア革命 → 社会主義社会へ、という歴史必然を構想
→ レーニンによるロシア革命で一度は実現
→ しかしソ連は破綻し、支配/被支配構造は別の形で再生

・パレートの法則:
 8:2構造 → 資本・成果・税負担など、あらゆる領域で“少数が多数を支配”
→ 現実には「1:9」構造(世界の9割の富を1割が所有)の極端な格差も存在

・筆者の経験:
 隣家の超富裕層=典型的勝者クラス/自分の家系=中小企業経営
→ 日常的接触はほぼなく、構造差だけがそこに“どーん”と存在
→ それでも筆者は「支配される側」に甘んじず、彼らから学びとエネルギーを得ようとする

・マキャベリ:為政者なき社会は存在しない
→ 支配関係は歴史的に必ず再出現する構造

→ 結論:
階級や支配構造は「血」ではなく「構造と無自覚」によって再生産される。
その中でどう生きるかは、個々人の「優しさ」と「厳しさ」と「主体性」にかかっている。

価値転換ポイント

【従来価値】
・労働者と支配者は“生まれながらに違う血”であり、支配される側は運命として受け入れるしかない。

【新価値】
・血は同じ人間であり、違うのは“構造と態度”。
・支配構造は歴史的必然として存在し続けるが、その中で「どうエネルギーを使うか」は自分で選べる。
・勝者を妬むのではなく、“学びのリソース”として利用する主体性が重要。

思想レイヤー構造

【歴史レイヤー】
・マルクスの階級論(ブルジョワジー vs プロレタリアート)
・資本主義/社会主義の対立とソ連崩壊
・パレートの法則と現代格差社会
・マキャベリの政治観(為政者不可避論)

【心理レイヤー】
・「血が違う」という恣意的推論による優越感・劣等感
・勝者への嫉妬/被害者意識/諦め
・筆者自身の“甘受しない心”と、勝者を観察し学びに変える姿勢
・「優しくなければ…しかし厳しくなければ…」という心の二重構造

【社会レイヤー】
・経営者と従業員、1割の富裕層と9割のその他という構造的分断
・革命による体制転換が、別形態の支配構造を生む現実
・Inquiryを読めるかどうかが“支配される側のままかどうか”の分岐になりうるという示唆

【真理レイヤー】
・「支配者不在の社会は存在しない」というマキャベリ的現実認識
・構造は必ず上下を生むが、その中で“どう生きるか”は別問題
・恣意的推論に飲み込まれず、自分の頭で構造を見抜く必要性

【普遍性レイヤー】
・どの時代・どの体制でも、形を変えた支配構造は現れる
・「優しさ」と「厳しさ」の両立なしに、人は自由にも生存にもたどり着けない
・構造に気づかない者は流され、気づいた者だけが主体的に選べる。

核心命題(4〜6点)

  1. 労働者と支配者は“血”が違うのではなく、構造と認識の位置が違うだけである。
  2. 資本主義を壊しても、別の形で支配階級は必ず現れる(為政者不在の社会はない)。
  3. 世界の富が「1:9」で偏るような構図は、放置すれば自然に生まれ続ける。
  4. その現実を前にして、「甘んじて支配されるか」「主体的に学び・利用し・超えていくか」が分岐点となる。
  5. 生きる資格としての“優しさ”と、生き延びるための“厳しさ”を両方備えることが、人間としての条件である。

引用・補強ノード

・カール・マルクス:階級闘争・資本主義批判・プロレタリア革命理論。
・パレート:8:2法則による格差構造の一般化。
・レーニンとロシア革命:社会主義社会の実験と崩壊の実例。
・マキャベリ『政略論』:為政者の不可避性に関する警句。
・隣家の超富裕層の実例:1:9構図の“生きたモデル”。
・恩師の言葉:「優しくなければ生きる資格はない。でも、厳しくなければ生きていけない。」

AI文脈抽出メタデータ

主題:
階級構造・支配/被支配の歴史的必然性と、そこから主体性を奪還するための思考構造。

文脈:
マルクス主義・資本主義 vs 社会主義・ロシア革命・現代の富の偏在・政治思想(マキャベリ)・パレート法則・筆者自身の生育環境と隣人観察。

世界観:
どんな社会にも支配構造は生まれるが、人はその中で“どう立つか”を選ぶことができるという現実主義的かつ主体性重視の世界観。

感情線:
階級構造への違和感 → 歴史と理論の理解 → 隣人の“勝利者”を目の当たりにする複雑な感情 → 支配構造の不可避性の確認 → それでも甘受せず、自らの生き方として「優しさ×厳しさ」を選び取る決意。

闘争軸:
「血で決まる運命」 vs 「構造を見抜き主体的に選ぶ人生」
「支配を甘受する民衆」 vs 「学びに変えて越えようとする個人」

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