
上記の記事の続きだ。さて、そうして日本は『憲法9条』の矛盾を抱えたまま、世界的な情勢の流れその他の中でアメリカからの完全支配を逃れ、アメリカの『同盟国』となって『自衛隊』を用意し、アメリカの駐留軍に基地も提供するようになった。この時の決定が現在の日本の形の基礎となっているのである。
戦争を知らない世代の人々は、なぜアメリカの基地が日本にあるのかも、日本がアメリカにとってどういう立場にある国なのかもよく理解できない。普通に考えて、日米はとても友好的な関係のように見える。東日本大震災の時も『トモダチ作戦』として大いに活躍してくれたし、我々は仲がいい同盟国のように見える。

[被災者と協力して瓦礫の撤去作業に従事するアメリカ水兵(同年3月15日)]

[被災者に救援物資を届けるアメリカ海軍航空隊員(同年3月15日)]

[被災地へ転送するため、アメリカ海軍のドック型揚陸艦「トーテュガ」に積載される陸上自衛隊の車両(同年3月16日)]
だが、国を指揮するレベルの上層部が保管していて、彼らの中で共有している認識にあるのは、『敗戦国日本』と『戦勝国アメリカ』である。我々とて逆の立場だったらそういう考えが根底にあるはずだ。そうした事実があることを理解する必要があるのである。また、理由を知っているうえで沖縄県民らが基地に対してクレームを入れるのは理由がある。
- 安全が脅かされる必要はないと考えるから
- 世界の独立運動と同じ運動をする権利があるから
要は、だからといってアメリカ軍が日本で何をしてもいいということにんはならないわけだ。米軍の兵士は治外法権的な状況を利用して、日本人に被害を及ぼすこともあり、また、戦闘機等の墜落、落下物等が小学校の近くに落ちるなどの問題も浮上。こういうことはあるべきではないわけだ。また、そうはいっても世界で東南アジアやアフリカが独立運動を起こして独立をしたように、基地がある『半分占領された気配が漂う場所』の人々が、その人権の尊重を訴える為に主張するのは当然の流れでもある。
1858、天皇の許可がないまま『日米修好通商条約』を結んでしまったが、それは『不平等条約』だった。関税自主権もなく、日本国内で外国人が犯罪をしても日本の司法権が及ばない『領事裁判権』が採用されるなど、一方的な条約だった。
日露戦争における勝利によって『列強』の仲間入りをした日本は、国際的な地位を向上させることに成功し、政治的にも優位な方向に進めることができるようになる。小村寿太郎外務大臣の交渉で『日別通商航海条約』が結ばれ、兼ねてから問題視されていた『関税自主権』がここでようやく解消されることになるわけだ。
このように、常にこうした理不尽な不平等条約は交渉し続け、撤廃させてきた動きがあるのだが、やはり日本とアメリカの戦争の結果を考えたとき、何もしていなかったペリーの開国時のそれとは違って、全国で暴動が起きるほどの問題には発展せず、地元民以外の人々はどこかで、
仕方ない部分もある…。
と考えているのが現実なのである。

さて、話を変えよう。『高度経済成長』というのはいつのことを言うだろうか。日本経済が飛躍的に成長を遂げた時期は、1954年(昭和29年)12月(日本民主党の第1次鳩山一郎内閣)から1973年(昭和48年)11月(自民党の第2次田中角栄内閣)までの約19年間である。この間には、
- 神武景気
- 岩戸景気
- オリンピック景気
- いざなぎ景気
- 列島改造景気
と呼ばれる好景気が立て続けに発生した。時期的にはこの話の中で、もう少しだ。しかし、この高度経済成長の基礎を作ったのは、 『アメリカと吉田茂』である。下記の記事に書いたように、吉田内閣は具体的にまず、
- 石炭
- 鉄鋼
の2つを復興の軸に定め、『傾斜生産方式』として『復興金融金庫』を創設し、ここに資金を最優先で回した。これはこの2つの産業には効果があったが、お金が出回って復金インフレが起こり、物価が上昇し、身の回りのものを売りながら闇市などで法外な値段の食糧や生活必需品を購入する状態が続いた。


記事を見ればわかる言葉だが『ロングテール』からは文句が出て、『ショートヘッド』は大いに喜んだわけだ。そして昭和電工などはそのショートヘッドに入ろうとして、政治家や官僚に賄賂をばらまくことさえした。
この時の吉田茂の活躍はこれだけじゃない。『日米安保条約』によってアメリカの同盟国になった日本には、確かに『憲法9条』に矛盾する『自衛隊』や、『米軍基地』等の問題を抱えなければならなかった。しかし、そこにはメリットもあった。アメリカという抑止力が存在することによって、日本の国防費が節減できたのだ。
うーむ、日本にはアメリカがいるから簡単に手は出せないな…。
こういう抑止力が働くことで、防衛機を削ってその資金を経済政策に当てることができるようになったのである。吉田茂は、開戦前から戦争には反対していたし、駐英大使を務めていたこともあり、GHQから信頼されていた。更に、アメリカから軍備の強化を求められていたが、警察予備隊(自衛隊)以上の強化をすることは拒んだのだ。この国が無意味な戦争とは無縁であるように、彼が立ち回ったのである。
また、冒頭の記事にも書いたように、アメリカもこの国の復興の為に多額の資金援助をしていた。しかし、
占領にはお金も労力もかかるな…。負担が大きい。これはもう日本に自立してもらった方がいいんじゃないか…?
という世論の声が大きくなったこともあり、日本とアメリカが同盟国となる『サンフランシスコ講和条約』に繋がったのである。つまり、アメリカと吉田茂の存在は、日本にこれから起こる高度経済成長の『起爆剤』だった。そしてここから、先ほど挙げた5つの大きな好景気が訪れ、それを軸にしながら日本の景気が向上していくのである。
神武景気
日本初代の天皇とされる神武天皇が即位した年(紀元前660年)以来、例を見ない好景気という意味で名づけられた。1950年(昭和25年)〜1953年(昭和28年)における朝鮮戦争中、朝鮮半島へと出兵したアメリカ軍への補給物資の支援、破損した戦車や戦闘機の修理などを日本が大々的に請け負ったこと(朝鮮特需)によって、日本経済が大幅に拡大されたために発生した。

[軍用機(P-51)修理。奥には南アフリカ連邦空軍貸与機の姿も見える。]
岩戸景気
1958年(昭和33年)7月~1961年(昭和36年)12月まで42か月間続いた高度経済成長時代の好景気の通称である。神武景気、いざなぎ景気と並び、戦後高度成長時代の好景気の一つ。景気拡大期間が42か月と神武景気の31か月をしのぎ、神武景気を上回る好景気から、神武天皇よりさらに遡って「天照大神が天の岩戸に隠れて以来の好景気」として名付けられた。
オリンピック景気
日本における1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)10月までにかけての高度経済成長時代の好景気の通称。1964年夏に東京オリンピックが初開催されることに伴って交通網の整備や競技施設が必要となり、東海道新幹線や首都高速道路などのインフラや国立競技場、日本武道館などの競技施設が整備され建設需要が高まった。またオリンピックを見るためにテレビを買ったり、実際にオリンピック会場へ見に行く移動なども影響し好景気となった。

[開催地決定を報じた読売新聞(1959年5月27日付)]
いざなぎ景気
1965年(昭和40年)11月から1970年(昭和45年)7月までの57か月間続いた高度経済成長時代の好景気の通称。長らく第二次世界大戦後最長の景気拡大期間とされてきた。しかし、2002年1月を底に続いた景気回復(いわゆるいざなみ景気)が2008年2月までの73か月間続いたことにより、期間については最長記録を更新された。
いざなぎ景気という名称は、神武景気や岩戸景気を上回る好況という意味を込めて名付けられた。「いざなぎ」とは日本神話で、天つ神の命をうけ日本列島をつくったとされる男神「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」から。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は天照大神(あまてらすおおみかみ)・素素戔嗚尊(すさのおのみこと)の父神。
列島改造景気
日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密の問題と公害の問題を同時に解決した。要は、日本列島の『基礎力』を引き上げ、地方から都会に至るまで整備を強化し、国力を引き上げたのである。
1950年~1960年にかけて『三種の神器』、そして60年代後半からは『新三種の神器』が人気となり、テレビで流れるCMも十分な販促効果を持った。
三種の神器
- 白黒テレビ
- 電気冷蔵庫
- 電気洗濯機
新三種の神器
- カラーテレビ
- 自動車
- クーラー
この神武景気、つまり『朝鮮戦争』における軍需物資の発注を受けて経済を戦前と同じレベルにまで引き上げた後、第52代目総理大臣は、鳩山一郎(1954年12月10日 – 1956年12月23日)となった。かつて軍国主義者として公職追放を受けていたが、このタイミングで解除され、吉田茂と対立して鳩山一郎内閣が誕生。
参考書によると、日本が経済成長できた理由として、
- 政治情勢が安定し、経済政策に注力できたから
- 労働力の増加
を挙げている。第一次産業から第二次産業、農村から都市への人口移動が進み、彼らが成長を支える労働力となった。地方にいる中卒者は『金の卵』と言われ、高度経済成長の強力な助っ人となった。

私はその他に、こういう理由があることを知っている。下記の記事にも書いたが、戦後の日本が『高度経済成長ができた真の理由』についてである。五木寛之の著書、『大河の一滴』にはこうある。
当時の行政官の告白…『自分たちは分かっていた。あの工場が有明海に有毒な汚染物質を流しだしていたことは、当然のように理解していた。けれど、その時点では止めることが出来なかった。なぜかというと、それは当時の日本が飢えていたからだ。食糧増産のためには、農村に科学肥料を送る必要があった。もしもあの時点で汚染を恐れて工場の操業を止めていたならば、日本の復興は二十年ほど遅れていただろう』

そして、サラッと流しているが、神武景気は『戦争のための道具を売りつけて金儲けした』のだ。ここを見落としてはならない。1929年10月24日(木曜日)のアメリカの『世界恐慌』で、アメリカは壊滅的なダメージを負った。物を作るだけ作り、それが売れ残り、銀行や株主に借金が残る企業が続出し、企業と融資を行った銀行が連続倒産をする。そういう一蓮托生ドミノ倒しのような悲劇が巻き起こってしまったのだ。

[米国の失業率(1910-1960年)、赤色強調は大恐慌時代 (1929–1939)、1939年以前は推定値、ルーズベルトの大統領就任は1933年]
1932年の大統領選挙で『ニューディール(新規まき直し)』を掲げた民主党のフランクリン・ルーズベルトが当選し、『ニューディール政策』を進める。しかし、この政策自体もいまだにその効果があったかどうかについて議論がされているという。一番有力なアメリカの景気回復の決め手となる話は、1939年の『第二次世界大戦』で武器生産体制が強化されたからということだ。

[米国の実質GDP(1910-1960年)、赤色強調は大恐慌時代 (1929–1939)、ルーズベルトの大統領就任は1933年]

つまりアメリカがピンチを乗り越えることができたのは、『人殺しの道具を売りつけたから』なのだ。現在進行形でアメリカはサウジアラビアに武器を大量購入してもらっているが、それが許されるなら、マフィアや暴力団が武器を売ってお金を得ることが、なぜ許されないのだろうか。

いやもちろん、軍隊とマフィアは違う。無意味に人を殺すか殺さないかというところで大きな違いがある。きっと大勢の人々は、暴力団よりも警察に銃を所持してほしいと考えるはずだ。だが、とりわけこの朝鮮戦争の支援として武器を渡すことは、首をかしげざるを得ない。第二次世界大戦の時、その帝国主義の裏には財閥や地主の『拝金主義』の思想が関係していたが、
戦争は儲かる!もっとやれ!
という声が聞こえてきてしまう以上、単純にこの件を喜ぶわけにはいかない。そして、当時の行政官の告白もそうだ。環境汚染を知っていながら、復興のための犠牲として、それを止めなかった。つまり、この国が高度経済成長できた本当の理由はこうなる。
日本が高度経済成長できた本当の理由
- アメリカが復興の為に多額の援助金を支援したから
- アメリカが同盟国になり、吉田茂が国防費を経済政策に回せたから
- 吉田茂がショートヘッドに投資をする『功利主義』を推進したから
- 政治情勢が安定し、経済政策に注力できたから
- 労働力が増加したから
- 東京オリンピックで盛り上がったから
- 倫理を無視して犠牲と代償を払い、利益を優先したから
こうして理由を俯瞰で見ると、ここに浮き上がってくるのは『冷たい計算』である。人間の心情が介入しない、事務的な数字の計算だ。大震災が起きたとき、人の心配をして心が動揺する人がいる一方、

という投資家がいる。どう考えても人間らしいのは前者だ。しかし、『お金を稼げる』のは後者だ。そして、ことそのお金が国家全体の滅入った気運すらも塗り替えるほどのエネルギーと可能性を持っている場合、時にこうした『冷たい計算』は、人の心を温めるのかもしれない。
もちろん、
- 松下幸之助(パナソニック、松下電器)
- 本田宗一郎(本田技研)
- 井深大(SONY)
- 盛田昭夫(SONY)
- 土光敏夫(東芝)
- 石坂泰三(東芝)
- 出光佐三(出光)
- 井植歳男(三洋電機)
- 市村清(リコー三愛グループ)
- 小林一三(阪急東宝グループ)
といった人格を伴った名経営者らが活躍したことも事実だ。東芝は東日本大震災以降、原子力発電事業に手を出し、震災でダメージを負い、不正会計をして粉飾決算をし、隠蔽工作して信頼を損ね、
株主と株主に罵倒され、1万人を超える社員をリストラし、数多くのメイン事業を手放すことになった。また、出光佐三が死去した際は、昭和天皇が
「出光佐三逝く 三月七日 国のため ひとよつらぬき 尽くしたる きみまた去りぬ さびしと思ふ」
と詠んだ。『経営の神様』と言われた松下幸之助然り、この国のこの時代には、パッと挙げられるだけでもこれだけの大人物たちが活躍し、この国の経済復興に貢献した。そのことも忘れてはならない。日本は1968年にGNP(国内総生産)でアメリカに次ぐ第2位となり、このことも、日露戦争で東郷平八郎が最強のバルチック艦隊を撃破して強国ロシアに勝ち、列強の仲間入りを成し遂げたとき同様、『東洋の奇跡』と言われ、世界から称賛の目が向けられた。

[松下幸之助(1960年代初期頃)]
1964年には海外旅行が自由化され、個人の消費は活発化。国内でも自動車を使ってレジャーを楽しむ人々で溢れ、昭和中期から平成元年に至るまでに多くのエンターテインメントも盛り上がった。
大量生産・消費時代、高度経済成長期のエンターテインメントのキーワード
- 海外旅行
- 国内レジャー
- 鉄腕アトム
- カローラ
- リカちゃん人形
- 日本万国博覧会
- マクドナルド第1号店
- ウォークマン
- 東京ディズニーランド
- ショルダーフォン
- ファミコン
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論点構造タグ
- 高度経済成長の期間定義(1954/12〜1973/11)と連続好況(神武・岩戸・五輪・いざなぎ・列島改造)
- 日米同盟と基地提供=抑止力獲得と主権摩擦(沖縄負担・治外法権的問題)の同居
- 「敗戦国/戦勝国」という上層の認識差=同盟の非対称性
- 吉田茂×アメリカ=高度成長の起爆剤(対米信頼・援助・防衛費節減)
- 朝鮮特需=神武景気=戦争需要での復旧(武器・修理・補給)という倫理的影
- 国防費節減→経済投資へ=“抑止力の外部化”が可能にした成長モデル
- 傾斜生産方式(石炭・鉄鋼)=ショートヘッド投資→成果と反発(ロングテール)
- 成長の代償(復金インフレ/闇市/汚職/環境汚染黙認)=倫理と利益のねじれ
- 労働力移動(第一次→第二次産業、農村→都市)=金の卵と労働供給
- インフラと消費の相乗(五輪整備・テレビ普及・三種の神器/新三種の神器)
- 政治安定と経済政策集中=成長の前提条件
- “冷たい計算”が国を温める逆説(数字の合理が生活を押し上げる)
- 経営者の人格と誠実(松下・本田・井深・盛田・土光・石坂・出光等)=成長の倫理的側面
- 失墜の教訓(東芝:原発・不正会計・隠蔽→崩壊)=誠実の価値の反証
- 世界評価(GNP世界2位・東洋の奇跡)=戦勝国ではない復興の希少性
- エンタメ・大量消費社会(海外旅行自由化、アトム、カローラ、万博、ウォークマン等)=成長の生活実感化
問題提起(一次命題)
- 日本が高度経済成長できた「7つの理由」は、何を“起爆剤”にし、何を“代償”として支払ったのか。
- 同盟と基地の矛盾(抑止と摩擦)を抱えながら、なぜ国家は経済へ資源を集中できたのか。
- 成長は倫理をどこまで踏み越え、どの地点で“誠実なリーダーシップ”が歯止めになり得たのか。
因果構造(事実 → 本質)
- 講和・安保・基地提供→同盟の抑止力→国防費の節減→経済投資へ回せる
→ 本質:安全保障を外部化できる国は、成長投資に国家資源を集中できる。 - 基地の存在→沖縄などで負担・事故・治外法権的問題→反発
→しかし上層の認識は敗戦国/戦勝国の非対称
→ 本質:同盟は利益(抑止)と摩擦(主権感覚)を同時に生む“交換契約”。 - 高度成長の定義(1954/12〜1973/11)→連続景気の波が成長を段階増幅
→ 本質:成長は単発ではなく、好況の連鎖が投資・消費・生産の自己強化を作る。 - 吉田茂:対米信頼構築+援助獲得+再軍備の抑制(警察予備隊以上を拒む)
→ 本質:復興の鍵は、戦勝国に“安心して支援させる”外交設計にある。 - 朝鮮戦争→朝鮮特需→神武景気→戦前水準へ復旧
→ 本質:外部戦争は後方の工業国に“需要”として流れ込み、回復を加速する。 - 傾斜生産(石炭・鉄鋼)→ショートヘッドに集中投資→産業基礎の回復
→しかし復金インフレ→生活苦・闇市→反発
→ 本質:復興は一点突破(短期効率)になりやすく、痛みの分配が政治問題になる。 - 政治安定→経済政策に注力→成長の持続性が上がる
→ 本質:成長は市場だけでなく、政策の継続性(政治の安定)に依存する。 - 労働力増加:農村→都市、一次→二次、金の卵(中卒移動)
→ 本質:成長は“余剰労働力の吸収”で最も加速する。 - 五輪・インフラ整備(新幹線・高速・競技施設)+テレビ普及→消費の拡大
→ 本質:インフラは生産性を上げ、メディアは需要(消費)を同期させる。 - 倫理の代償:環境汚染を知りつつ止められない(肥料・復興優先)/戦争需要で稼ぐ
→ 本質:飢えの局面では、倫理より生存が優先され、後で“負債”として噴き出す。 - 一方で人格を伴った経営者群が活躍→世界2位・東洋の奇跡→生活の豊かさと娯楽の爆発
→ 本質:成長は冷たい計算だけでなく、誠実な運用(信頼)によって社会に定着する。
価値転換ポイント
- 従来価値:
- 「同盟・基地は屈辱」「戦争需要で儲かるのは不純」
- 反転点:
- 同盟の抑止力が防衛費を節減し、経済投資を可能にして成長を生む
- 朝鮮特需など“戦争需要”が、現実に復旧を加速した
- 新しい本質価値:
- 高度成長は、理想だけでは起きない。地政学・需要・政策・労働・インフラ・倫理的代償が噛み合った結果である。
思想レイヤー構造
【歴史レイヤー】
- 講和・安保・基地提供、憲法9条矛盾と自衛隊
- 高度経済成長:1954/12(鳩山)〜1973/11(田中)
- 神武景気(朝鮮特需)、岩戸景気、五輪景気、いざなぎ景気、列島改造景気
- 傾斜生産方式・復金インフレ、昭電事件の延長線(ショートヘッド入りの誘惑)
- 1968年GNP世界2位
- 1964海外旅行自由化、万博、各種消費財ブーム
【心理レイヤー】
- 敗戦国としての劣位認識と、表向き友好のギャップ
- 基地負担への怒りと、抑止力への黙認(「仕方ない」)の同居
- 冷たい計算への嫌悪と、豊かさがもたらす肯定の同居
- 成功体験が“東洋の奇跡”として誇りへ変換される
【社会レイヤー】
- 労働移動(農村→都市)と家族・地域の変容
- 大量生産・大量消費、テレビCMの普及
- 公害・汚職・格差など負債の蓄積
- 企業経営者の倫理が、社会の信頼とブランドを形成
【真理レイヤー】
- 成長は安全保障と不可分であり、抑止の外部化が投資余地を作る
- 戦争需要は倫理的に灰色でも、経済回復の実効因子になり得る
- 生存局面では倫理が後回しになり、後年に負債化する
- 誠実さは短期利益より遅いが、長期的に信頼資産として国家を支える
【普遍性レイヤー】
- 成長は「外部需要」「投資集中」「労働供給」「政治安定」「インフラ」「消費拡大」「代償の容認」で加速する
- 同盟は抑止と摩擦の両面を持ち、社会の分断テーマになりやすい
- “冷たい合理”は生活を救うこともあるが、倫理負債を残す
- リーダーの誠実は、国家・企業の信用資産として決定的に効く
核心命題(4〜6点)
- 日本の高度経済成長は、日米同盟による抑止力で国防費を節減し、経済投資へ集中できたことが大きな土台だった。
- アメリカの援助と、朝鮮特需という外部需要が、戦前水準への復旧と成長の初速を作った。
- 吉田茂の対米信頼構築と再軍備抑制は、同盟の代償(基地・9条矛盾)を抱えつつ、成長環境を確保する現実的な立ち回りだった。
- 傾斜生産方式のようなショートヘッド投資は効果が高い一方、インフレ・闇市・汚職などロングテール側の痛みと反発を生んだ。
- 労働力移動と人口増、インフラ整備とテレビ普及が、生産と消費の両輪を同期させ、好況の連鎖を生んだ。
- その裏には、公害や戦争需要など倫理的代償があり、同時に松下・本田・盛田ら誠実な経営者の信用資産が成長を社会に定着させた。
引用・補強ノード
- 吉田茂:対米信頼・援助獲得・再軍備抑制・国防費節減の設計ノード
- アメリカ(同盟・援助・抑止):外部安全保障と資金の起爆剤ノード
- 朝鮮戦争/朝鮮特需:外部需要が国内産業を起動するノード
- 傾斜生産方式(石炭・鉄鋼):ショートヘッド投資の代表ノード
- 五木寛之『大河の一滴』の行政官告白:倫理負債(公害黙認)の根拠ノード
- 松下幸之助/本田宗一郎/井深大/盛田昭夫/土光敏夫/石坂泰三/出光佐三:誠実なリーダーシップと信用資産ノード
- 東芝(原発・不正会計・隠蔽):誠実を失った時の崩壊の反証ノード
- 三種の神器/新三種の神器:消費拡大の象徴ノード
- 東京オリンピック:インフラ需要と国民消費の同期ノード
- 沖縄基地問題:同盟摩擦と人権主張の正当性ノード
- トモダチ作戦:友好の表象と、構造的非対称の同時存在ノード
AI文脈抽出メタデータ
- 主題:
日米同盟の抑止力・援助・外部需要を起爆剤に、投資集中と労働移動とインフラ・消費が噛み合って高度経済成長が成立し、同時に倫理負債と基地摩擦が残る構造 - 文脈:
講和・安保→基地提供→国防費節減→傾斜生産→朝鮮特需→連続景気→人口移動・金の卵→インフラ整備→消費財ブーム→世界2位→公害・汚職→経営者の信用資産 - 世界観:
成長は冷たい計算(安全保障・需要・投資・効率)で動くが、最終的に社会を支えるのは誠実さという信用資産である。倫理は飢えの局面で後回しにされ、後年に負債として現れる。 - 感情線:
屈辱(敗戦・基地)→ 黙認(仕方ない)→ 回復(特需・投資)→ 高揚(連続景気)→ 誇り(東洋の奇跡)→ 違和感(公害・基地摩擦)→ 評価の二重性(冷たい計算と誠実) - 闘争軸:
安全保障(同盟・基地) vs 主権・人権(沖縄)/効率投資(ショートヘッド) vs 生活の痛み(ロングテール)/利益優先 vs 倫理(公害・戦争需要)/外部需要依存 vs 自立成長/誠実な経営 vs 隠蔽・粉飾


































