
上記の記事の続きだ。1926年、若槻礼次郎が第25代目総理大臣となる。このとき、大正天皇が亡くなり、昭和天皇が即位し、『昭和時代』が開幕した。しかしこの時代の幕開けは決して明るいものではなかった。
- 戦後恐慌
- 震災恐慌
- 金融恐慌
- 昭和恐慌
- 世界恐慌
といった様々な恐慌があり、日本以外の世界で考えても、そう明るい時代ではなかった。戦後、震災の混乱については冒頭の記事に書いたが、それらの影響で金融恐慌が起き、銀行が連鎖的に倒産してしまっていたのである。多くの手形が不渡りになり、日本銀行に何とかしてもらおうとして日銀も混乱。そんな中、大蔵大臣の片岡直温(なおはる)が衆議院の予算委員会で、
と失言。それによって更に人々の混乱を招き、我先にと銀行からお金をおろす『取り付け騒ぎ』が発生。その影響で多くの銀行が破産や休業に追い込まれる。特に大きな問題だったのは鈴木商店の手形を引き受けていた台湾銀行の休業だった。
鈴木商店は、三大財閥(三菱、三井、住友)に匹敵するほどの大きな力を持った財閥だった。しかし、今回のこの騒動によって台湾銀行が救済できず、鈴木商店の関連会社の殆どは鈴木商店を当時目の敵にしていた三井財閥の系列に統合されてしまった。以前、鈴木商店がピックアップされて特番のドラマが放映されたことがある。当時私がまとめた記事を見てみよう。

[鈴木商店本社屋 旧ミカドホテル(画像は1918年以前)]
かつて『年商日本一』にまで輝いた世界的商社、『鈴木商店』の、金子直吉の話である。一時は三大財閥を超えたというのだから、文字通り日本一の会社、それが鈴木商店だ。その、大番頭である金子直吉は商才に溢れていた。しかし若かりし頃、目を付けた事業が失敗し、会社に大きなダメージを与えてしまった。読みが甘かったのだ。一度は辞めたはずの金子を引き戻すほど金子を信頼していた女主人の鈴木よねは、実兄に借金をして何とかその窮地を乗り切るが、その兄からは、
兄と言われ、よねも、倒産を覚悟した。
このままでは会社は潰れてしまう。
その責任の重さを思い知った金子は、『切腹をして責任を取る』と、騒ぎ立てる。だが、それを見たよねが一喝する。
そして、金子と同僚は取引先の元へと行き、腹を割いてわびると言って、刀を取り出した。その時代だ。本当に日本人は、腹を切ると思っている。その取引先は、外国人だった。
こうして鈴木商店は、命を懸けて詫びを入れることで、何とか絶体絶命のピンチを切り抜けたのである。
…こういう話があったわけだ。命を懸けて商売を行った商人集団。それが鈴木商店であり、あの三大財閥をも凌駕する勢力を持った企業だった。政府としても、この鈴木商店と台湾銀行が潰れてしまうと、日本の経済に大きなダメージがあることがわかっていた政府は尽力し、天皇からの命令である『緊急勅令』を出してもらうが、救済策は成立せず。そして若槻内閣は総辞職に追い込まれた。
この時期に不安定だったのは日本だけではない。戦争を仕掛けておいて負けたドイツは、『ヴェルサイユ体制』で制裁を食らい、国連に加盟を許されず、記録的なインフレで大混乱に陥った。それ自体は新通貨やアメリカの資本の導入によって克服するが、ドイツは戦争を仕掛けておいて負けたから、実質上は壊滅の方向に向かっていった。例えば、植民地もないし、そうやってアメリカ等の『他』に依存するしかないから、いつ崩れてもおかしくない状況だったのだ。

[ヴェルサイユ条約によるドイツの割譲地域]
ドイツは『ヴァイマル共和国(1919年 – 1933年)』と名を変え、戦争の後処理でいっぱいいっぱいだった。しかしフランスはドイツを追い込み、
フランス政府と主張し続ける。そして、1923年に『ルール占領』が発生。フランスおよびベルギーが、ドイツが生産する石炭の73%、鉄鋼の83%を産出する経済の心臓部だったドイツのルール地方に進駐、占領したのだ。このルール占領が原因でドイツ政府が、
ドイツ政府として、大量の紙幣を印刷し、ドイツのハイパーインフレが発生。このインフレで、戦後10年間で物価が『1.2兆倍』になるというとんでもない事態へと発展してしまった。


そこでアメリカは1924年、『ドーズ案』というアイディアでこの問題に介入。アメリカ合衆国の財政家チャールズ・ドーズを委員長とする特別委員会により策定された案で、戦場にもなっておらず、戦争にも直接参加したわけでもない、力をつけていたアメリカだけができる対策だった。
こうしてアメリカは上手に世界で渦巻くエネルギーに参入していき、そこで自国エネルギーを肥大化させていったのである。
アメリカ肥大化の要因
- 南北戦争(南北の分裂を阻止、統一)
- アメリカ西部開拓(ゴールドラッシュ、商工業の発達)
- スペイン・アメリカ・キューバ戦争(米西キューバ戦争)
- 第一次世界大戦(フランスとイギリスにお金を貸す)
- ドーズ案(ドイツに貸しを作り借金回収の戦略を遂行)
そう。アメリカだけは戦争でダメージも追わず、自国の領土を戦場とせず、むしろイギリスやフランスといった世界の覇権を握るだけの力がある国にお金を貸し、虎視眈々と力を蓄えていたのだ。アメリカだけが一人勝ちのような状態だった。しかし、この後そのアメリカから世界に影響を及ぼす大事件が起きてしまうのである。
『取り付け騒ぎ』があったのは1927年。第27代目総理大臣になったのは田中儀一(1927年4月20日 – 1929年7月2日)だ。田中は、銀行に3週間の『モラトリアム(支払い猶予令)』を実行し、預金者の銀行からの預金引き出しを一時的に制限。この間にお金を大量に印刷して銀行にばらまき、金融不安を沈めた。
国の予算が15億円だった当時に、10億円者大量の紙幣を増刷。しかも急いで増刷したから『裏面が真っ白』というかなり力づくの対策だったが、『銀行に大量にお金が存在する』という事実ができたということで、滑稽にも民衆は納得。騒動は鎮まってしまった。
『会衆、モッブ、パニック』という集団心理があって、『会衆』とは、受動的な関心で集まった人達の事。『モッブ』とは、強い感情に支配された集団の事で、暴動が起きるケースなどにあたる。『パニック』は、突発的な危険に遭遇して、群衆全体が混乱に陥ることであるが、それ一つ考えても、かれら群衆には、まるで『意志』がない。

マキャベリは言った。
マキャベリだけではない。韓非子、ナポレオンといった人物も似た発想をしている。
韓非子
マキャベリ
ナポレオン民衆(群集心理)というものがそれだけ当てにならないものかということがよくわかるワンシーンである。
この金融恐慌の教訓で人々は、
小さな銀行はもう危ないな…
と考えるようになり、三大財閥のような大銀行にお金が集中し、こうした財閥が経済界を支配するようになった。かつてこれらを超える勢いがあった鈴木商店は、ここで彼らに完全にまくられる形になったのだ。
- 鈴木商店・台湾銀行救済の『緊急勅令』
- モラトリアム実施のための『緊急勅令』
なぜ前者が通らず後者が通ったかというと、そこにはそれを主導した内閣の方向性が関係していた。
| 立憲民政党(憲政党) | 民衆権利の重視 |
| 立憲政友会 | 地主・財閥・軍等の権力者の重視 |
| その他 | 労働者・小作人等を重視 |
田中内閣は立憲政友会を与党にしていたが、彼らの方向性は『帝国的』だった。中国に武力進出し、植民地を獲得したい。そういう帝国主義の考え方が、財界・軍・官僚を結び付け、大陸市場の拡大を図る『産業立国』とそのための『強硬外交』は、勅令を通す枢密院とも意見が一致していたのだ。

その頃、中国で『張作霖爆殺事件(1928年6月4日)』が勃発。爆殺したのは日本軍(関東軍)だった。満州にいた張作霖(ちょうさくりん)が列車で満州に戻る途中で、列車ごと爆破して、彼を爆殺したのだ。実は、この事件には蒋介石率いる『北伐軍』が関係しているともいわれている。

[爆破現場の状況、右下の残骸があるところが爆破地点]
北伐軍は軍閥を討滅しながら中国の統一を行っていた。しかし、その途中にもちろん『満州』がある。張作霖は、満州の軍閥だった。最盛時には36万もの兵力を誇るほどで、日露戦争でロシア側スパイとして捕まり、日本に寝返っている人物でもあった。袁世凱の引き金で軍閥の首領に成りあがった彼は、北伐軍からすると、打倒の対象だと考えられた。
彼がいなくなれば、満州の進出が容易になり、そして北伐軍が中国を統一しやすくなる。『張作霖爆殺事件』の裏にあったのは、様々な政治的陰謀だったと考えられているのである。

詳しくは上記の記事に書いたが、田中義一内閣はこの事件を一般国民に知らせずに、事件に関与した関東軍の参謀を軽い処分に済ませたことが原因で、総辞職に追い込まれた。
第27代目総理大臣になったのは立憲民政党の浜口雄幸(おさち)(1929年7月2日 – 1931年4月14日)だ。その風貌から彼は『ライオン宰相』と呼ばれて人気を得たが、この時にとった経済政策が『最悪の不景気』と言われた『昭和恐慌』を招くことになる。今までの『大量紙幣を刷る』等の強引なやり方は、日本円の価値を下げる行為だった。『世界標準』である世界の主要国は不安定な紙幣を使って決済する日本との貿易を嫌がり、日本は孤立化する。
1ドル=金1.5gを含む1ドル金貨
というように、お金の額面と金の量が固定される『金本位制度』が確立していた中で、日本円の相場はコロコロと変わり、信用できなかったのだ。そんな中、1929年10月24日(木曜日)にアメリカで『世界恐慌』が起きた。

[ダウ工業株平均の推移、1928年-1930年]
更にはヨーロッパでも、
こうした動きが広がり、『世界恐慌』へとつながってしまったのである。物を作るだけ作り、それが売れ残り、銀行や株主に借金が残る企業が続出し、企業と融資を行った銀行が連続倒産をする。そういう一蓮托生ドミノ倒しのような悲劇が巻き起こってしまったのだ。

[米国の失業率(1910-1960年)、赤色強調は大恐慌時代 (1929–1939)、1939年以前は推定値、ルーズベルトの大統領就任は1933年]
[大暴落直後のニューヨーク証券取引所の立ち会い取引]

こうして『アメリカ一強時代』は一時的に蔭りを見せることになる。世界中にその余波は広がり、それが後に『ナチス・ヒトラー』を生み出すことになってしまうのである。

だがそれまではもう少し時間がある。日本は『金輸出解禁』を行い、金貨を発行して紙幣の額面と金貨の額面を固定して相場を安定させ、貿易を元に戻して経済を回復させたかった。しかしそうすると、金とお金の量を同じにしなければならない。例えば『金1g=1円』だとしよう。

金本位制にすると、社会不安を鎮圧させるために大量に刷った紙幣がなくなってしまうから、そこに問題が出てしまうのだ。しかし、これはある種の『麻酔』を打った当時の金融対策が強引すぎたということだった。一時的なドーピングや麻薬は人を一定の位置に引き上げ、そこで安定させるが、その効果が切れればその状態は終わるのである。
浜口雄幸と井上準之助大蔵大臣は、その正論によってこの対策を断行。そして、『20円=金15g』という明治末期からあった『貨幣法』に則った価値を設定し、法律の改正等の手間を避けながら、半ば強引に価値の下がっていた日本円の価値を、当時と同じ設定に取り決めた。この時、本当の日本円の価値は『20円=金13.5g』だった。
このせいで、すべての日本製品が『9%』程度値上がりしてしまい、貿易は滞ったが、それは想定の範囲内だった。しかし、前述した『世界恐慌』の影響で、その後に起こるはずだった『日本製品の価格低下と、それによる輸出の増加』が見込めなくなってしまったのだ。

しかも、貿易不振になって輸出は減ったが、『輸入』はあったわけだ。世界の製品を買うことはあった。だが、それがこのタイミングで激安で購入できるのはいいが、輸入超過になって『日本の金』が大量に世界に流出してしまったのだ。日本は19世紀後半の開国したての頃、金の流出が問題になったが、このタイミングで再度金の流出を許してしまったのである。

これが昭和時代の最初にあった、
- 戦後恐慌(1920年、大正9年~)
- 震災恐慌(1923年、大正12年~)
- 金融恐慌(1927年~)
- 昭和恐慌(1929年~)
- 世界恐慌(1929年~)
という問題だ。最初の大正の後期から続いた社会の大きな混乱が『普通選挙法』の確立によって一時的に緩和するも、こういった世界的な恐慌が重なったことで、社会は更に混乱していったのである。繭や米を売ることで生計を立てていた農村はほぼ壊滅状態に陥った。その後、浜口雄幸はイギリス主催の『ロンドン海軍軍縮会議(1930年1月21日から4月22日)』に参加し、海軍の同意を得ぬまま海軍軍縮条約を結び、これに憤慨した右翼の日本人男性に狙撃され、死亡してしまった。
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論点構造タグ
- 恐慌の連鎖(戦後→震災→金融→昭和→世界)=“不安定の常態化”
- 失言が金融を殺す(片岡直温の破綻発言→取り付け騒ぎ)=信用の脆さ
- 銀行・手形・連鎖倒産=見えないネットワークが一斉崩壊する構造
- 台湾銀行休業と鈴木商店崩壊=財閥再編(鈴木→三井系列へ吸収)
- 救済の成否を分ける政治(緊急勅令が通る/通らない)=政党の方向性と権力構造
- ヴェルサイユの遺恨→ルール占領→ハイパーインフレ=敗戦国の破裂
- ドーズ案=「貸す側(米)」が世界を肥大化させる金融覇権モデル
- モラトリアム+紙幣増刷=麻酔・ドーピングとしての危機対応
- 群衆心理(会衆/モッブ/パニック)=恐慌を加速する“集団の無意志”
- 財閥への資金集中=恐慌が寡占を進め、経済支配を強化する
- 帝国路線と財界・軍・官僚の結合=強硬外交が国内意思決定を貫通する
- 張作霖爆殺事件=関東軍の独走と政府の隠蔽→内閣崩壊
- 金本位制復帰(金輸出解禁)=正論の緊縮が、世界恐慌で致命傷に変わる
- “価値の巻き戻し”(20円=金15gへの強引な復帰)=輸出打撃+金流出
- 農村壊滅(繭・米)=恐慌が最弱部位に集中して破壊する
- 軍縮条約をめぐる統帥・世論の反発→浜口狙撃・死=政治の暴力化
問題提起(一次命題)
- なぜ昭和の幕開けは「恐慌の連鎖」で最悪化し、国内秩序と政治が同時に揺らいだのか。
- 経済危機のたびに、誰が強くなり、誰が崩れるのか(財閥・軍・農村・政党)。
- “正論の政策”が、なぜ世界情勢次第で国家を破壊する逆効果に転じるのか。
因果構造(事実 → 本質)
- 戦後・震災の混乱→金融不安が蓄積→銀行連鎖倒産の下地
→ 本質:危機は単発ではなく、損傷が蓄積して“臨界”で一斉崩壊する。 - 片岡直温の失言(破綻発言)→取り付け騒ぎ→銀行破産・休業
→ 本質:金融は実体より“信用(言葉)”で崩れる。 - 台湾銀行休業→鈴木商店救済失敗→関連会社が三井系列へ
→ 本質:恐慌は市場淘汰ではなく、権力構造に沿った再編(吸収)として進む。 - 政府が緊急勅令で救済を試みる→成立せず→若槻内閣総辞職
→ 本質:国家は「守るべき中核」を選別しきれないと、政治責任として崩れる。 - ドイツ:ヴェルサイユ制裁+ルール占領→紙幣増刷→ハイパーインフレ(1.2兆倍)
→ 本質:賠償と占領は、通貨価値の崩壊という形で国家を内部から破裂させる。 - 米:ドーズ案(融資→回復→賠償→返済)で渦巻くエネルギーに参入
→ 本質:戦場にならない“貸す側”は、危機そのものを肥大化の機会に変える。 - 1927金融恐慌→田中義一がモラトリアム+増刷で沈静化
→ 本質:金融危機は“麻酔(流動性の演出)”で一時停止できるが、根治ではない。 - 増刷に民衆が納得→群衆心理(会衆→モッブ→パニック)の無意志性を露呈
→ 本質:恐慌は経済現象である以前に、集団心理現象でもある。 - 小銀行不信→資金が大銀行(財閥)へ集中→財閥支配強化
→ 本質:危機は寡占を加速し、強者をより強くする。 - 緊急勅令の成否差:救済は通らず/モラトリアムは通る
→与党(政友会)・帝国路線・財界軍官の一致→枢密院とも整合
→ 本質:政策の実現可否は“経済合理性”より“権力連合の一致”で決まる。 - 張作霖爆殺(関東軍)→政府が隠蔽・軽処分→内閣崩壊
→ 本質:対外強硬は軍の独走を呼び、国内統治(説明責任)を侵食する。 - 浜口雄幸:金本位制復帰を断行(価値巻き戻し)→製品が約9%値上がり→輸出減
→本来はデフレで回復想定→だが1929世界恐慌で外需が死ぬ
→ 本質:正論の緊縮は、外部ショックが来ると“回復の道”そのものを断ち切る。 - それでも輸入はあり→金流出→再び国力を削る
→ 本質:固定相場の維持は、危機時に国内資源(金)を国外へ吸い出す。 - 農村(繭・米)が壊滅→社会の底が抜ける
→ 本質:恐慌は最弱部位(一次産業・周縁)を優先的に破壊する。 - ロンドン海軍軍縮条約→海軍同意欠如→右翼狙撃で浜口死亡
→ 本質:経済危機と国家方針の対立は、最終的に政治暴力へ接続しやすい。
価値転換ポイント
- 従来価値:
- 「通貨の信用回復(正論)=国家の回復」
- 「危機対応は経済合理で決まる」
- 反転点:
- 失言一つで信用が崩れ、取り付けが連鎖倒産を起こす
- 増刷という“力づく”が群衆心理を鎮め、合理より演出が効く
- 正論の金本位制復帰が、世界恐慌で致命傷に変わる
- 新しい本質価値:
- 経済は信用と心理と外部環境に支配され、正論は条件が変わると凶器にもなる。
思想レイヤー構造
【歴史レイヤー】
- 若槻礼次郎内閣、昭和開幕(大正天皇崩御・昭和天皇即位)
- 金融恐慌(1927)と片岡直温失言、取り付け騒ぎ
- 台湾銀行休業、鈴木商店(年商日本一級)崩壊、三井系列への再編
- 田中義一:モラトリアム(3週間)+紙幣増刷
- 張作霖爆殺事件(1928/6/4)と田中内閣退陣
- 浜口雄幸内閣、金輸出解禁、井上準之助
- 世界恐慌(1929/10/24)
- ロンドン海軍軍縮会議(1930/1/21–4/22)、浜口狙撃・死
- ドイツ:ルール占領(1923)→ハイパーインフレ、ドーズ案(1924)
【心理レイヤー】
- “破綻”の言葉で走る恐怖(取り付け)
- 印刷された紙幣の存在だけで安心する滑稽さ(可視化への依存)
- 群衆の無意志(会衆→モッブ→パニック)
- 帝国路線の昂揚(「ガンガン帝国を」)と、外部への攻撃性
- 不況の絶望が政治暴力(狙撃・暗殺)を正当化しやすい心理
【社会レイヤー】
- 銀行・手形ネットワークの崩壊→企業倒産→失業拡大
- 資金が財閥へ集中し、寡占・支配が進む
- 農村壊滅で社会の下層が破断(繭・米)
- 政党の方向性(政友会=財閥・軍重視/民政党=民衆権利)と政策実現の差
- 外交強硬が軍の独走を生み、統治の信頼を侵食
【真理レイヤー】
- 信用は実体経済より先に崩れ、言葉と噂が現実を動かす
- 危機対応は心理を鎮める“麻酔”で成立し得るが、根治ではない
- 危機は強者への集中(寡占)を進め、格差と権力連合を強化する
- 外部ショック(世界恐慌)は国内の正論設計を無効化する
- 経済の破断は政治の破断(暴力)へ連鎖しやすい
【普遍性レイヤー】
- 恐慌は累積損傷の臨界で発生し、連鎖倒産として拡大する
- 「信用」は通貨・銀行・国家の生命線で、発言一つが致命傷になる
- 流動性供給は一時停止策として有効だが、依存すると後で代償を払う
- 危機は資本集中と権力集中を促し、社会の脆弱部位から崩す
- 正論政策は環境依存で、条件が崩れると逆効果に転じる
- 外への強硬は内の統治(文民統制)を蝕み、暴走の温床になる
核心命題(4〜6点)
- 昭和の幕開けは恐慌の連鎖の上に始まり、金融は「信用」と「群衆心理」によって一斉崩壊し得ることを露呈した。
- 片岡直温の失言が取り付け騒ぎを引き起こしたように、金融危機は実体より言葉が引き金になる。
- モラトリアムと紙幣増刷は麻酔として機能したが、根治ではなく、危機後は資金が財閥へ集中し支配が強化された。
- 帝国路線と財界・軍・官僚の結合は、政策の通りやすさを生み、関東軍の独走(張作霖爆殺)と政治崩壊を招いた。
- 金本位制復帰という正論は、世界恐慌で外需が死んだことで致命傷に転じ、輸出不振と金流出で不況を深刻化させた。
- 恐慌は農村を壊滅させ、社会の底を抜き、最終的に政治暴力(浜口狙撃)へ接続していった。
引用・補強ノード
- 片岡直温:失言が信用崩壊を招く引き金ノード
- 台湾銀行/鈴木商店(金子直吉・鈴木よね):恐慌が企業帝国を再編・吸収するノード(命懸けの商売倫理も含む)
- 三井財閥:危機後の資本集中・再編の受け皿ノード
- 若槻礼次郎:救済失敗と内閣崩壊の責任ノード
- 田中義一:モラトリアム+増刷という力づくの麻酔ノード
- マキャベリ/韓非子/ナポレオン:群衆観(恐怖と利益、ポポロの揺れ)の理論補強ノード
- 張作霖/関東軍:帝国路線が軍の独走を許すノード
- 浜口雄幸/井上準之助:正論の緊縮(金本位制復帰)ノード
- ドイツ(ヴァイマル)/フランス(ルール占領)/ドーズ案(チャールズ・ドーズ):賠償・占領・金融介入の国際連鎖ノード
- 世界恐慌(1929/10/24):外部ショックが国内設計を破壊する決定打ノード
- ロンドン海軍軍縮会議:統帥・国家方針対立が暴力化するノード
AI文脈抽出メタデータ
- 主題:
昭和初期の恐慌連鎖が、金融・群衆心理・政党力学・帝国路線を結び、社会と政治を暴力へ押し流す構造 - 文脈:
戦後・震災の累積→1927金融恐慌(失言・取り付け)→救済失敗と内閣崩壊→モラトリアム増刷→財閥集中→帝国路線と軍独走(張作霖)→浜口の金本位制復帰→世界恐慌→輸出不振・金流出→農村壊滅→軍縮条約反発→狙撃 - 世界観:
社会は信用と心理で揺れ、危機は権力集中を進める。外部ショックが正論を凶器に変え、国家の進路(帝国化)と統治(民主政治)を同時に破壊し得る。 - 感情線:
不安(恐慌の予兆)→ 恐怖(取り付け)→ 安堵(麻酔の成功)→ 増長(帝国路線)→ 不信(隠蔽・独走)→ 絶望(世界恐慌・農村壊滅)→ 怒り(対立激化)→ 暴力(狙撃・暗殺) - 闘争軸:
信用(通貨・銀行) vs 噂・群衆心理/救済(公共) vs 再編(財閥集中)/民政党の正論緊縮 vs 外部ショック/文民統制 vs 関東軍独走/国際協調(軍縮) vs 帝国路線・右翼暴力



































