ハニワくん先生、質問があるんですけど。
先生では皆さんにもわかりやすいように、Q&A形式でやりとりしましょう。
ハニワくんなるほど!
博士も、もっと詳しく教えてくだされ!
『新大陸の征服者』と呼ばれたスペイン人。『太陽の沈まぬ国』と呼ばれたスペイン。
ポルトガルを併合して、スペイン・ポルトガル両国の領土が手中に入ったスペイン。『スペイン帝国』とは、スペインとその植民地・属領などの総称ですが、まさにスペインは『太陽の沈まぬ帝国』だったのです。
勢いのあるスペイン王フェリペ2世は敬虔なカトリック教徒だったので、カトリック以外は弾圧しました。しかしそれに反発して『オランダ独立戦争』が起こったのです。イギリスは女王エリザベス1世のもと、プロテスタントの立場からこのオランダ独立を支援。オランダは、低地という地形を生かし、マース川の堤防を決壊させて洪水を起こし、敵を撤退させました。
そして1588年の『アルマダの海戦』でスペインの無敵艦隊を破り、イギリス・オランダ軍はスペインから覇権を奪いました。ちょうどそこに新大陸の銀産出の減少というダメージも加わり、スペインは沈んでしまったのです。
博士うーむ!やはりそうじゃったか!
ハニワくん僕は最初の説明でわかったけどね!
先生更に詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
スペイン王国の誕生


上記の記事の続きだ。記事ではスペイン・ポルトガルの『大航海時代』についてまとめた。両国はブラジルを見つけたポルトガル領にしたり、コルテスがアステカ王国、ピサロがインカ帝国を滅ぼし、占領し、マゼランがフィリピンを発見したときは、当時のスペイン皇太子フェリペの名を取って『フィリピン』とつける等、世界中に大きな影響を与えた。
- ヴァスコ=ダ=ガマ
- マルコ・ポーロ
- コロンブス
- マゼラン
- カブラル
- エンリケ
- ピサロ
- コルテス
彼らはみんなスペイン・ポルトガルの出身であり、間違いなくこの時代の海を制したのはこの両国だったのである。実は、コロンブスを支援したスペイン女王イサベル1世は、ここに出ているエンリケと少し揉めている。イサベルの異母兄エンリケは、彼女をポルトガル王の後妻に据え、自分の娘を皇太子に嫁がせてカスティリャ王国とポルトガルとの併合を目論んだ。

[イサベル1世 カスティーリャ女王、レオン女王]
しかしイサベルはアラゴン王国のフェルナンドと婚約し、エンリケを怒らせてしまった。それによって一時イサベルは幽閉されるが、フェルナンドに助けられ、1469年に二人は結局結婚。そして、エンリケ王が死んだ後、イサベルはカスティリャ王国女王に即位。そして、1479年にはフェルナンドがアラゴン王になり、2国が統一され、『スペイン王国』が誕生したのである。

カール5世
冒頭の記事でフランス王ヴァロア家と、神聖ローマ皇帝のハプスブルク家が60年間戦った『イタリア戦争(1494年 – 1559年)』について書いたが、ハプスブルク家は政略結婚によってスペインの王座を手に入れる。そしてハプスブルク家のカルロス1世は、スペイン王に即位後、神聖ローマ皇帝にも選出され『カール5世』とも呼ばれた。マゼランに世界周航を命じ、ドイツ皇帝としてルターを弾圧したのがこの人物である。イサベル1世の孫にあたる人物である。

[神聖ローマ皇帝カール5世]

1516年にスペイン国王に即位したあと、
- アラゴン王
- カスティリャ王
- ナポリ王
- ブルゴーニュ公
- オーストリア大公
…等々、実に70以上もの称号をもち、その領土はヨーロッパを超えて新大陸アメリカにまで及んだ。
スペインの盛衰
彼の死後、ハプスブルク家は神聖ローマ帝国系とスペイン家に分かれ、その後、スペイン王を継承したのがフェリペ2世だった。カルロス1世は、1565年にフェリペ王子に中南米、スペイン、シチリア・ナポリ、ネーデルラントの統治を任せ、弟のフェルディナント1世にオーストリアの統治を譲っていた。
黄金期のフェリペ2世
フェリペ2世が支配する当時のスペイン人は『新大陸の征服者』と呼ばれ、植民地の巨額の銀が王の懐に入ってきた。スペインが『太陽の沈まぬ国』と言われたのは後で説明するが、今言えるのは当時のスペインがそれだけの領土を獲得していたということである。

[スペイン王(カスティーリャ王、レオン王、アラゴン王、……)フェリペ2世]
4度の破産宣告
しかし、フェリペ2世はこの豊かな財源を対カトリック戦争や自らの宮廷に湯水のようつぎこみ、即位翌年の1557年以降、4度も破産宣告をするほどの浪費家だった。また1600年代に20年かけてヴェルサイユ宮殿を作ったルイ14世と同じように、彼の100年以上前にもスペインで同じようなことが起こっていた。巨費を投じ、1563年、20年かけてスペインの郊外に『エル・エスコリアル宮殿』を造営。
オスマン帝国とポルトガルの制圧
その後、『レパントの海戦(1571年)』であのビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国を破り、地中海の制海権を奪取。更に『ポルトガルの併合(1580年)』で勢力を上げた。
アルマダの海戦
しかしその8年後、1588年に『アルマダの海戦』で無敵艦隊がイギリスに敗北すると、国力は弱体化していった。

[アルマダの海戦(1588年)]
『太陽の沈まぬ国』
さて、スペインが『太陽の沈まぬ国』と言われた理由だが、こうしてポルトガルを併合して、スペイン・ポルトガル両国の領土が手中に入ったスペインは、『スペインの植民地、ポルトガルの植民地』を合わせるととてつもない大国になるわけだ。つまり、『常に地球上のスペイン領のどこかには太陽がのぼっている』という事実が存在していた。『スペイン帝国』とは、スペインとその植民地・属領などの総称だが、まさにスペインは『太陽の沈まぬ帝国』だったのである。
オランダ独立戦争
しかし、1568年から1648年にかけて(1609年から1621年までの12年間の休戦を挟む)ネーデルラント諸州がスペインに対して反乱を起こした戦争『80年戦争』によって雲行きは怪しくなる。フェリペ2世は熱心なカトリック信者だったため、プロテスタントの信仰を禁じていたのだ。カトリック以外は弾圧した。例えば、ユダヤ人やムスリムも迫害し、多様性を認めず、思想統一を図ろうとしたのだ。
ネーデルラントはスペインのハプスブルク家の領土で、宗教改革後はカルバン派のキリスト教が広がっていた。そうした背景と重税等の問題が重なり、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク等の人々が反乱。『オランダ独立戦争』とも呼ばれる80年戦争が起こる。
彼らを企業に例えるなら、
| スペイン | 資本金潤沢な大企業 |
| ネーデルラント | 下町の中小企業 |
というところだろうか。どう考えても後者の方がお粗末な戦力で、彼らは『乞食(ゴイセン)』と揶揄された。しかし勝ったのは後者だった。20年以上もの抵抗を続け、大企業スペインに勝利し、『ネーデルラント連邦共和国』として独立を達成したのだ。

[1581年のネーデルラントの地図。赤線から北がネーデルラント連邦共和国として独立した領域]
更にそこへ国内への銀流入の減少が重なる。つまりスペインは、
- オランダ独立戦争(1568年-1648年)
- アルマダの海戦(1588年)
- 新大陸の銀産出の減少
という大きな3つの条件が重なり、ついに斜陽を迎えることになったのである。
『栄光の17世紀』を打破したイギリス
一方、独立を果たしたオランダは『東インド会社』を設立。独立後のオランダは、南部から亡命してきた新教徒の商工業などの貢献やバルト海の中継貿易で、急速な経済成長を遂げた。そして、アムステルダムは世界の貿易・金融の中心地となり、スペインに代わって世界貿易をリードする『栄光の17世紀』を迎えることになる。
黒幕『エリザベス女王』
だが、ここは表面化している『オランダ、インド』という名前に隠れた黒幕が存在していた。それが、今や世界一有名な女王の名にふさわしい、イギリスの『エリザベス女王』その人である。彼女はフェリペ2世の6個下の女性だった。オランダは17世紀後半に、3度にわたるイギリスとの戦争『英蘭戦争』で敗れると、覇権はオランダからイギリスに移るのである。

[背景に描かれているスペイン無敵艦隊に対する勝利(1588年)を祝うエリザベス1世の肖像画。エリザベスの手は地球儀に置かれ、彼女の国際的な力を象徴している。]
ヨーロッパの覇権の推移
なぜイギリスはオランダ側だったのか
イギリスはなぜ最初、オランダ側だったのか。そこには『宗教問題』が関係していた。中世のイギリスでは、フランスとの『百年戦争』、内乱である『バラ戦争』と戦乱が続き、疲弊した封建貴族が没落し、それに代わって国王の権力が強まった。冒頭の記事にも書いたが、この時期のヨーロッパでは『主権国家』が誕生した。
『封建国家→主権国家』へと変わることで、曖昧だった国教がハッキリとし、より国内で統一的な支配ができるようになったわけだ。たとえば、現在の日本は『国民主権』という主権国家だ。だが、この時代には『国王主権』だったわけだ。初期の主権国家では、流れ的にも国王に権力が集中する『絶対王政』がとられた。
- 中世の封建性が揺らぎ、貴族層が没落
- 大航海時代で新大陸の富が流入し、裕福な商人が台頭
等の理由がそれを可能にした。また下記の記事にも書いたが、ローマ帝国が東西に分かれたときに、キリスト教の解釈も変わったわけである。

ローマ帝国の分離によって分離したキリスト教
| 西ローマ帝国(神聖ローマ帝国) | カトリック |
| 東ローマ帝国(ビザンツ帝国) | 東方正教(ギリシャ正教、オーソドックス教会) |
そして更に、ルターら『プロテスタント(抗議する者)』の登場によって『プロテスタント』という新しい一派が誕生した。これでキリスト教は大きく分けて、
- カトリック
- ギリシャ正教
- プロテスタント
の3つに分かれることになる。また、英国では女性問題から宗教改革が行われた。ローマ法王から『カトリックの守護者』と称えられたヘンリー8世は、アン・ブーリンを愛するようになり、妻と離婚したかったが、カトリックでは離婚が認められなかった。そこでヘンリー8世は、ローマカトリックから分離し、『英国国教会(イギリス国教会)』を作ったのだ。

スペイン王フェリペ2世は敬虔なカトリック教徒だった。カトリック以外は弾圧した。そうして『オランダ独立戦争』が起こったわけだ。そして毛織物工業などで経済が発展したイギリスは、女王エリザベス1世のもと、プロテスタントの立場からこのオランダ独立を支援する。そして1588年の『アルマダの海戦』でスペインの無敵艦隊を破り、イギリス・オランダ軍はスペインから覇権を奪ったのだ。
エリザベス女王の母親アン・ブーリン
実は、『英国国教会(イギリス国教会)』を作ったヘンリー8世が愛したアン・ブーリンこそ、エリザベス女王の母親なのである。つまり、ヘンリー8世が父親だ。

[アン・ブーリン]
今や世界一有名な女王として有名なエリザベス女王だが、彼女の存在は、かつての英国王がタブーを破ってでも愛した女性の存在がなければあり得なかったのである。彼女はヘンリー8世が他の女性に心を移したことから、不義密通の口実のもと処刑された。
エリザベス女王の姉ブラッディ・メアリー
エリザベス女王はこうした母を持ち、またあるいは姉のメアリ1世によってロンドン塔に長く監禁されてしまう。メアリ1世はヘンリー8世の最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの間の子だから、『自分こそが正当な子供である』と自負していたのである。彼女はエリザベス女王の前にイングランド・アイルランドの女王として1553年に即位する。だが、カトリックを復活させ、血の粛清を行うことで『ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)』と呼ばれるようになる。

[イングランド女王メアリー1世像 ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)]
また、スペイン王フェリペ2世と結婚し、国民の不信を招いた。メアリ1世は5年余りの在位の後、卵巣腫瘍により1558年11月17日にセント・ジェームズ宮殿で死去した。メアリーの命日はその後200年間にわたって「圧政から解放された日」として祝われた。後継者は異母妹エリザベス以外にいなかったが、母を王妃の座から追いやった淫婦の娘としてメアリはエリザベスのことを終生憎み続けており、死の前日になってしぶしぶ彼女を自身の後継者に指名するほどだったようだ。
『処女王(バージン・クイーン)』エリザベス女王
そしてエリザベス女王(在位:1558年 – 1603年)の時代が始まった。こうした事情も手伝って生涯一度も結婚することのなかった彼女は『処女王(バージン・クイーン)』とも呼ばれ、
『私は国と結婚した。』
という名言を残している。

[エリザベス1世。彼女の治世に対する関心が最初に復活した1620年頃の作品。時間が彼女の右側で眠り、死が彼女の左肩越しから見ている。2人のプットが彼女の頭上の王冠を支えている。]
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論点構造タグ
#太陽の沈まぬ帝国の盛衰構造
#宗教対立と覇権交代
#銀依存経済と財政破綻
#小国オランダの逆転勝利
#エリザベス1世の見えざる影響
#宗派分裂がもたらす同盟構造
#ヨーロッパ覇権リレー史観
#個人の恋愛と世界史の接続
問題提起(一次命題)
「世界の海を制し『太陽の沈まぬ帝国』と呼ばれたスペインは、
なぜ短期間で覇権を失い、オランダ・イギリスへと主役の座を明け渡したのか。
そこには、宗教・経済・地政・個人の人生がどのように絡み合っていたのか。」
因果構造(事実 → 本質)
- 【スペイン隆盛の前提】
- カスティリャ王国イサベル1世とアラゴン王国フェルナンドの結婚 → スペイン王国誕生
- 大航海時代:
- コロンブス・ピサロ・コルテス・マゼランらによる新大陸・フィリピンなどの獲得
- アステカ・インカの征服、ブラジルを含むポルトガル領の形成
- ハプスブルク家の政略結婚 → カール5世(カルロス1世)がスペイン王かつ神聖ローマ皇帝に
- 広大な植民地+銀の莫大な流入 → 「新大陸の征服者」「太陽の沈まぬ帝国」としての黄金期
- 【フェリペ2世の時代と構造的危うさ】
- カール5世の死後、ハプスブルク家は神聖ローマ帝国系とスペイン家に分裂
- スペインを継いだフェリペ2世:
- 中南米・スペイン本土・シチリア・ナポリ・ネーデルラントなど膨大な領土を統治
- レパントの海戦でオスマン帝国を破り、ポルトガル併合で勢力拡大
- 同時に:
- 熱心なカトリックとして、プロテスタント・ユダヤ人・ムスリムを弾圧
- 宮廷や戦争に銀を湯水のように投じ、複数回の破産宣告
→ 「銀に支えられた軍事・宗教帝国」という構造的アンバランス
- 【オランダ独立とスペイン没落のトリガー】
- ネーデルラントではカルヴァン派が広がり、重税と宗教弾圧への反発が高まる
- 1568–1648年:80年戦争(オランダ独立戦争)
- スペイン:資本も軍事力も上回る「大企業」
- ネーデルラント:乞食(ゴイセン)と嘲られる「中小企業」
- しかし、堤防を決壊させ洪水を起こすなど「地の利」と粘り強い抵抗で独立を達成
- 1588年:アルマダの海戦
- スペイン無敵艦隊がイギリス・オランダ連合軍に敗北
→ 海上覇権の喪失・軍事的威信の崩壊
- スペイン無敵艦隊がイギリス・オランダ連合軍に敗北
- 【経済基盤の崩れと覇権の移動】
- 新大陸の銀産出が減少 → 銀依存財政が崩れ、スペイン経済に打撃
- 戦争負担・宮殿建設(エル・エスコリアル)などの浪費と相まって、国力が衰退
- 一方、独立したオランダは:
- 東インド会社設立、バルト海中継貿易で「栄光の17世紀」を享受
- アムステルダムが世界の貿易・金融の中心地に
- しかし17世紀後半、英蘭戦争により覇権はオランダからイギリスへ移動
- 【宗教と個人史がつくる国際同盟】
- スペイン:カトリック(フェリペ2世)
- オランダ:カルヴァン派プロテスタント
- イギリス:ヘンリー8世による英国国教会成立 → プロテスタント系
- エリザベス1世:
- カトリックを復活させた異母姉メアリ1世(ブラッディ・メアリー)による監禁
- 母アン・ブーリンは、ヘンリー8世の宗教改革の引き金となり処刑
→ カトリック強権への反発・国教会の正当性意識から、
イギリスはスペインではなくオランダ側につき、アルマダの海戦でスペインを撃破
⇒ スペイン没落の本質は、
「銀とカトリックに依存した過剰拡張」×「宗教弾圧による反乱」×「海洋覇権をめぐる英蘭の台頭」が
一点で交差した結果として読み取れる構造です。
価値転換ポイント
- 【“太陽の沈まぬ帝国”像の反転】
- 表層:世界中に領土を持つ最強の帝国
- 裏側:銀依存・宗教弾圧・財政破綻・反乱多発という危うい構造
→ 「面積の大きさ=強さ」から、「構造の健全さ=持続性」という評価軸への転換。
- 【“大国 vs 小国”の力関係の反転】
- 当初:
- 資本も領土も軍事力もスペインが圧倒的
- ネーデルラントは乞食(ゴイセン)と蔑まれる
- 結果:
- 地の利・技術・商業力・宗教連帯を生かした小国が勝利
→ 「規模の大小」より、「構造と戦略」が勝敗を分けるという価値転換。
- 地の利・技術・商業力・宗教連帯を生かした小国が勝利
- 当初:
- 【宗教=内面の問題 → 国際政治の軸】
- 個人の信仰の問題だったはずの宗教が、
- カトリック vs プロテスタントのブロック構造として、
国家同士の同盟・敵対の軸になる
→ 「信仰」は心の問題にとどまらず、覇権の行方を左右する現実政治のファクターへ。
- カトリック vs プロテスタントのブロック構造として、
- 個人の信仰の問題だったはずの宗教が、
- 【「王の恋愛」→「世界史の分岐点」】
- ヘンリー8世の離婚問題・アン・ブーリンへの恋 → 英国国教会の成立
- その娘エリザベス1世が即位し、スペインと対立する宗教立場をとる
→ 個人的な恋愛・家庭問題が、
イギリスの宗派・同盟関係・結果としてスペイン没落と英覇権につながる価値転換。
思想レイヤー構造
【歴史レイヤー】
- スペイン王国成立(イサベル1世+フェルナンド)
- 大航海時代と新大陸征服(スペイン・ポルトガルによる世界海洋支配)
- ハプスブルク朝のカール5世 → フェリペ2世の黄金期
- レパントの海戦・ポルトガル併合で最盛期へ
- オランダ独立戦争(80年戦争)・アルマダの海戦・銀産出減少による没落
- オランダの「栄光の17世紀」→ 英蘭戦争 → イギリス覇権へ
【心理レイヤー】
- フェリペ2世:
- 「カトリック防衛者」としての使命感と偏狭さ
- 異端弾圧により“純粋さ”を守ろうとするが、それが反乱と孤立を招く心理構造
- オランダ側:
- 乞食と嘲られながらも、低地・堤防・商業力に依拠して粘る「中小企業」の執念
- イギリス側:
- ブラッディ・メアリーによる弾圧体験 → カトリックへの不信
- エリザベス1世の「私は国と結婚した」という決意に象徴される、
個人の人生を犠牲にしてでも国を守る覚悟
- ヨーロッパ全体:
- 「巨大帝国への憧れ」と「一強の暴走への警戒」が常に同居する心理
【社会レイヤー】
- スペイン帝国:
- 銀収奪に依存した「外部資源頼み」の国家財政
- カトリック一色の宗教統一政策と、多様性の抑圧
- ネーデルラント:
- カルヴァン派商人・職人層が支える都市社会
- 堤防・海運・金融を組み合わせた「海洋商業国家」の原型
- イギリス:
- 百年戦争・バラ戦争を経て封建貴族が没落し、国王権力が強化
- 国教会成立により、「ローマから自立した宗教・政治の枠組み」を獲得
- 世界経済:
- 銀を軸にした国際貨幣システム
- オランダ・イギリスによる貿易・金融ネットワークの主導
【真理レイヤー】
- 「太陽の沈まぬ帝国」も例外なく盛衰の法則に従う、という歴史法則の確認
- 宗教的“正しさ”を独占しようとするほど、
- 他者への弾圧 → 反発 → 反乱・同盟構造に跳ね返るという因果
- 真に強い国家とは、
- 銀の量でも領土の広さでもなく、
- 多様性・柔軟性・経済構造の健全さを持つ国家である、という価値判断への伏線
【普遍性レイヤー】
- 覇権のリレー(アッシリア→ペルシャ→マケドニア→ローマ→モンゴル→オスマン→スペイン→オランダ→イギリス)に共通するもの:
- 外部資源と軍事力で急拡大 →
- 統治コストの爆発
- 内部の多様性への弾圧
- 財政の歪み
→ いずれも「構造疲労」によって没落するという普遍構造。
- 外部資源と軍事力で急拡大 →
- 小国・周縁が大国を打ち負かすとき、
- 地理的条件(低地・海)、
- 経済構造(商業・金融)、
- イデオロギー(宗教・自由)をうまく組み合わせている、という普遍パターン。
核心命題(4〜6点)
- スペインの「太陽の沈まぬ帝国」としての黄金期は、新大陸の銀とカトリックを頼みにした過剰拡張であり、その構造自体がのちの没落を内包していた。
- オランダ独立戦争・アルマダの海戦・新大陸銀の減少という三つの打撃が重なり、スペインは軍事・経済・宗教の各面で覇権を維持できなくなった。
- 弱小と見なされたネーデルラントは、低地という地の利・海運・商業力・宗教的結束を武器に、巨大帝国スペインに勝利し、17世紀世界貿易の主役へ躍り出た。
- イギリスは、ヘンリー8世の宗教改革・アン・ブーリン処刑・ブラッディ・メアリーの弾圧という家庭内ドラマを経て、カトリックとは異なる国教会の立場を確立し、それが対スペイン・対オランダの同盟構造と覇権獲得へとつながった。
- 「太陽の沈まぬ帝国スペインの没落」は、領土の広さや富の量ではなく、構造の健全さと多様性への向き合い方こそが、国家の寿命を決めるということを示す象徴的な歴史エピソードである。
引用・補強ノード
- イサベル1世とフェルナンドの結婚 → スペイン王国誕生
- スペイン統一と大航海時代の起点となる政略婚。
- カール5世(カルロス1世)
- スペイン王兼神聖ローマ皇帝として、70以上の称号と広大な領土を持ったハプスブルクの頂点。
- フェリペ2世・レパントの海戦・ポルトガル併合
- オスマン帝国撃破とポルトガル併合によりスペイン帝国が頂点に達した場面。
- 80年戦争(オランダ独立戦争)
- カルヴァン派の広がるネーデルラントが、宗教弾圧と重税に抗して独立を勝ち取った長期戦。
- アルマダの海戦(1588年)
- イギリス・オランダ連合軍がスペイン無敵艦隊に勝利し、海洋覇権の転換点となった戦い。
- エリザベス1世・アン・ブーリン・メアリ1世(ブラッディ・メアリー)
- 英国国教会成立からエリザベス時代までの宗教・王位継承ドラマを担う人物群。
- 「私は国と結婚した。」というエリザベスの言葉
- 個人の生涯と国家への献身を重ねる象徴的な名言。
AI文脈抽出メタデータ
主題:
大航海時代に世界覇権を握ったスペイン帝国が、宗教弾圧・銀依存経済・オランダ独立戦争・アルマダの敗北を通じて没落し、
覇権がオランダ・イギリスへと移る過程を、宗教・経済・地政・個人史の交差として描き出している。
文脈:
- 歴史状況:大航海時代、封建国家から主権国家・絶対王政への移行、宗教改革と宗派分裂、オスマン帝国との対立、ヨーロッパ覇権の長期的リレー。
- 社会背景:新大陸銀の流入、植民地支配、毛織物工業・中継貿易の発展、国教会成立と宗教政策。
- 思想系統:カトリック/プロテスタント/国教会の対立と連携、王権神授説、主権国家論。
世界観:
- 世界覇権は単なる軍事力や領土の大きさではなく、
経済構造・宗教政策・同盟関係・国民統合のあり方に左右されるという見方が基盤にあります。 - 個人の恋愛・家族ドラマ(ヘンリー8世・アン・ブーリン・エリザベス)が、
宗派・国家・覇権構造に直結していく「ミクロとマクロの接続」が強調されています。
感情線:
- 新大陸征服によるスペインの高揚と全能感
- 銀と信仰に支えられた「太陽の沈まぬ帝国」が、
次第に反乱・敗北・財政難に追い込まれていく不安と崩壊感 - 乞食と蔑まれながら戦い続けたオランダ側の粘りと勝利のカタルシス
- ブラッディ・メアリーの恐怖・エリザベスの孤独・「国と結婚した」という決意の重さ
闘争軸:
- 巨大帝国スペイン vs 小国ネーデルラント・イギリス
- カトリック一枚岩の宗教国家 vs プロテスタント・国教会を抱える多元的国家
- 銀依存・軍事偏重の脆い覇権構造 vs 商業・金融・海運に支えられた柔軟な覇権構造
- 個人の欲望・恋愛(ヘンリー8世) vs その結果としての宗教・国家構造の変化


































