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アメリカ大陸への到達と征服:インカ帝国・アステカ帝国崩壊の歴史

インカ・アステカ王国の滅亡


ハニワくん

先生、質問があるんですけど。

先生

では皆さんにもわかりやすいように、Q&A形式でやりとりしましょう。


なぜインディアンはインド人じゃないのにそう呼ばれているの?わかりやすく簡潔に教えて!

コロンブスが発見した島を『インド』だと思い込んでしまい、その先住民を『インディオ』と呼んだのが理由です。


ハニワくん

なるほど!

博士

も、もっと詳しく教えてくだされ!


インディオ(スペイン語)、インディアン(英語)。

ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達したときには、すでにそこには先住民が文明を築いていました。スペイン人のコロンブスはこの島を『インド』だと思い込んでしまい、その先住民を『インディオ』と呼んでしまいます。これによってアメリカ先住民は、以来『インディオ』と呼ばれるようになりました。

1492年に出航したコロンブスは『アメリカ大陸の一部』を発見。全体を一つの島だと認識して見つけたのはイタリアのアメリゴ・ヴェスプッチです。彼の名をとって『アメリカ大陸』となりました。ちなみに『コロンビア』はコロンブスの名をとってつけられました。アメリカが『アメリゴの土地』を意味し、コロンビアは『コロンの土地』を意味します。『アメリカ大陸の発見者』と言えば、通常この二人が筆頭に挙げられます。


博士

うーむ!やはりそうじゃったか!

ハニワくん

僕は最初の説明でわかったけどね!

先生

更に詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。


目次

アメリカ2大文明


上記の記事の続きだ。上記の記事に、四大文明の他の文明、アメリカ大陸にあった2つの巨大文明について書いた。


  1. アステカ文明
  2. マヤ文明


である。そのマヤ文明を押さえてあたり一帯を統一したのが『アステカ王国』である。14~16世紀にメキシコ高原に成立したアステカ王国は、アステカ文字を使用する軍事国家だった。また、アンデス山脈一帯にも、


  • チャビン文化
  • ティアワナコ文化


が発展したが、15~16世紀にケチュア族によってインカ帝国が興る。『メソアメリカ』といわれるマヤ、アステカの文明は、『石器』を中心とした文化を持っていた。彼らは、ピラミッド建築に長けていたり、マチュピチュ遺跡を作り上げるなどして、独自の高度な技術を持っていた。


[『インカの失われた都』マチュ・ピチュの風景]


メソアメリカ文明が繁栄した地域で興った文明

  • 定住農村村落の成立(紀元前2000年以後)
  • オルメカ文明(メキシコ湾岸;紀元前1250頃-紀元前後)
  • テオティワカン文明(メキシコ中央高原;紀元前後-7世紀頃)
  • マヤ文明(メキシコ南東部、ユカタン半島、グアテマラなど;紀元前3世紀-16世紀)
  • トルテカ文明(メキシコ中央高原;7世紀頃-12世紀頃)
  • サポテカ文明(メキシコ・オアハカ地方;紀元前10世紀-16世紀)
  • ミシュテカ文明(メキシコ・オアハカ地方;)
  • タラスカ王国(メキシコ西部地域、ミチョアカン州など)
  • アステカ帝国(メキシコ中央高原;15世紀前半-1521年)


メソアメリカ(Mesoamerica)

メキシコおよび中央アメリカ北西部とほぼ重複する地域において、共通的な特徴をもった農耕民文化ないし様々な高度文明(マヤ、テオティワカン、アステカなど)が繁栄した文化領域を指し、パウル・キルヒホフの文化要素の分布研究により定義された。



大航海時代到来

そして時代は上記の記事の15世紀に突入する。


STEP
1487年

バーソロミュー・ディアスが初めて喜望峰を航海。

STEP
1492年

コロンブスがアメリカ大陸を発見。『地球平面説』が覆される。

STEP
1530年

コペルニクスが『地動説』を唱える。



大航海時代を先導したスペインとポルトガルは、1494年にローマ教皇の仲介で『トルデシリャス条約』、『サラゴサ条約』を結び、勢力圏が取り決められた。そして、アジア方面はポルトガル、現ブラジルを除くアメリカ大陸はスペインの勢力圏として認められた。


トルデシリャス条約等によって決められた勢力圏

アジア方面ポルトガル
現ブラジルを除くアメリカ大陸スペイン


彼らは『早い者勝ち』の大航海時代で、我先に船でもって外国に進出し、世界史上まだ誰もしたことがない『他の島への侵攻』をしたのだ。それまでは様々な帝国が陸続きの国々を支配していたが、こうした試みはこの時が初めてだった。ではここで、ヨーロッパの覇権の推移を見てみよう。


ヨーロッパの覇権の推移

STEP
アッシリア

紀元前7世紀の前半~紀元前609年。オリエントの統一王朝を成し遂げるが、アッシュル・バニパルの残虐性のせいで帝国が破綻する。

STEP
アケメネス朝ペルシャ

紀元前525年~紀元前330年。キュロス、カンビュセス2世、ダレイオス1世また統一し直し、インド北西部からギリシャの北東にまで勢力を伸ばす。

STEP
アルゲアス朝マケドニア王国

紀元前336~紀元前323年。フィリッポス2世がギリシャを、アレクサンドロスがペルシャを制圧。

STEP
ローマ帝国

紀元前27年~1453年5月29日(完全な崩壊)。カエサルが攻め、アウグストゥスが守る形で『ローマ帝国』が成立。

STEP
モンゴル帝国

1200~1300年。チンギス・ハンが大モンゴルの皇帝となり、5代目フビライ・ハンの時にはアレクサンドロスよりも領土を拡大。

STEP
オスマン帝国

1453年5月29日~。かつてのローマ帝国は、『神聖ローマ帝国』と『ビザンツ帝国』の東西分裂をしていて弱体化していた。1453年5月29日、メフメト2世がビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを征服。

STEP
スペイン帝国

1571年、スペインは『レパントの海戦』であのビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国を破り、地中海の制海権を奪取(正確にはまだオスマン帝国に制海権があった)。更に、『ポルトガルの併合(1580年)』で『スペイン帝国』は最盛期を迎える。

STEP
オランダ

1588年、『オランダ独立戦争』、『アルマダの海戦』に勝ったオランダは、急速な経済成長を遂げ、アムステルダムは世界の貿易・金融の中心地となり、スペインに代わって世界貿易をリードする『栄光の17世紀』を迎える。

STEP
イギリス

1677年、1651年から続いた『英蘭戦争』の結果、覇権がオランダからイギリスに渡る。


このように、オランダが『オランダ独立戦争』で勝つまでは、この時代は『スペイン帝国』が世界の覇権を握っていた。


[スペイン・ポルトガル同君連合(1580年–1640年)時代のスペイン帝国の版図(赤がスペイン領、青がポルトガル領)]


先制攻撃(奇襲)が成立した理由

といっても、正直『奇襲』的なところがある。つまり、この時代の人は『船で違う大陸を目指してそこを征服する』という考え方を持っていないわけだ。ヨーロッパ大陸の様に、はるか昔から隣国同士で争いあってきたような地域はまだしも、例えば日本のような島国はその地理的環境から、他国が侵入するというケースがないわけだ。


また、この時代はまだ『地球平面説』が浸透していた。つまり、地球は丸くなく、そして、太陽が地球の周りを回っているという『天動説』が信じられていたのだ。したがって、


船で遠くへ行くと戻ってこれない


と考える人もいたわけで、そういう知識不足もこの時代までの人々を『鎖国』的な考え方にしていた。


そして1519年、スペイン王カルロス1世の命を受けたマゼランは、香辛料の特産地であるモルッカ諸島を目指し、西回りの大航海に出た。その途中、南アメリカ南端の海峡を発見。南太平洋を横切り、グアム島、フィリピンに達した。マゼランはこの地で原住民と戦って亡くなってしまうが、生存者はアフリカ経由でスペインに帰還することに成功し、太平洋横断、つまり『地球球体説』を実証したのである。



それでようやく地球が丸いことがわかり、遠くに行っても、そのまま進み続ければ同じ場所に帰ってこれるという物理的な知識を得たのである。フランスの小説家でノーベル賞をとったジードは言った。


長い間岸を見失う勇気が無ければ、新しい大陸を発見することは出来ない。


この大航海時代にコロンブス達がやったことは、とても勇気のあることでもあったのである。したがって、『命知らずの航海者たち』として歴史に名を刻む人もまだまだ大勢いる。


冒険者たちの功績

フィレンツェのアメリゴ・ヴェスプッチは、ブラジル沿岸を探検し、そこがアジアでないことを確信。ヨーロッパ人にとって未達の地であることが認められ、この大陸は彼の名をもじって『アメリカ』と呼ばれた。


ジェノヴァのジョン・カボットは、52日間の航海をし、北東岸のケープブレトン島に到達し、そこからさらに北上し、2つの小さな島ニューファンドランドに到達。ポルトガルのバルトロメウ・ディアスは、暴風により漂流する間にアフリカ最南端を通過。イギリスのジョン・スミスは、ジェームズ川の河口から約50キロさかのぼった北岸の半島に到着。そこを『ジェームズタウン』と名付けた。


イギリスのリチャード・チャンセラーはノルウェー沖で荒らしに遭いながらも北東航路の開拓をし、ドレークはイギリス人としてはじめて世界周航に成功し、『ナイト』に叙される。ウォルター・ローリーは1584年に北米探検を行い、『処女王』エリザベス女王にちなんで、その地を『ヴァージニア』と名付けた。


ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達したときには、すでにそこには先住民が文明を築いていた。コロンブスはこの島を『インド』だと思い込んでしまい、その先住民を『インディオ』と呼んでしまう。これによってアメリカ先住民は、以来『インディオ』と呼ばれるようになった。


コンキスタドール

そこへ、スペインの『コンキスタドール』がやってくる。最も有名なのは、コルテスとピサロである。


[エルナン・コルテス]


コンキスタドール

スペイン語で「征服者」を意味するが、とくに15世紀から17世紀にかけてのスペインのアメリカ大陸征服者、探検家を指す。


スペインの貴族であるコルテスは、1519年にハバナを出て、アステカ王国の首都テノチティトランに入る。一度は戦いに敗れるが、1521年にもういちど再占領し、アステカ王国を滅ぼした。また、1531年にはスペインの軍人ピサロがインカ帝国の内乱状態に乗じて乗り込み、1533年にはインカを滅ぼし、占領した。


[フランシスコ・ピサロ]


だが、現在のペルー人は、インディオはもちろん、混血であるメスティーソの多くも自らのルーツを彼らスペイン人ではなく『インカ人』ととらえており、ピサロは『先祖が築いたインカ文明を破壊した人物』という認識をもっている。


ピサロとコルテスのやったこと

それはそうだろう。例えば、コルテスに関しての情報をwikipediaで見てみよう。

コルテスはアステカ帝国を支配、そしてアステカ文明を完膚なきまでに粉砕し、その文化に全く理解を及ぼさなかった。また、コルテスはキリスト教徒、それも敬虔なるカトリック信徒であったがために、インディオの社会が持っていた人身供犠などの「野蛮」とされる側面のみをあげつらい、インディオの習慣を廃止させようとしたとの意見を言う者もある。

事実、彼らは征服先で黄金を略奪し、インディオの大量虐殺を行った。そして多くのインディオ女性を強姦し、さらには征服が一段落したのちは征服者としての政治的経済的な力でこれまた多くのインディオ女性を妾として所有した。コルテス自身も、インディオ女性のマリンチェを妾として寵愛し、彼女との間に生まれた子供にマルティンと名付けており、現在も子孫がメキシコにいる。


確かにこの『人身供犠』というのはひどい。マヤ文明を忠実に再現しようとした映画『アポカリプト』でもその描写が見られるが、見ればわかる。その信ぴょう性はともかく、きっと本当に、こういう形で生贄が捧げられていたのだというイメージにとても役立つ映画となるだろう。



この映画では、女性が強姦されたり、人が奴隷や売買目的の『所有物』として扱われる様が見られるが、映画ではスペイン人ではなく、同じ島の民族同士でそれが行われていたので、コルテスやピサロといったスペイン人だけが鬼畜のような人間だったのではなく、時代の風潮的に、それが当たり前だったのかもしれない。


[生贄の儀式。石器のナイフで胸を裂き、心臓を取り出す]


メソアメリカでは太陽は消滅するという終末信仰が普及していて、人間の新鮮な心臓を神に奉げることで太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていた。そのため人々は日常的に人身御供を行い生贄になった者の心臓を神に捧げた。映画ではこのあたりのイメージを見ることができる。


だが、どちらにせよ『準備をしていない状態』のところに、全く知らない民族が船に乗ってやってきて、見たことのない銃器や武器を持っていて、奇襲攻撃を仕掛けてきて、それで制圧して今までの生活や文化をすべて叩き壊され、その後、鉱山や大農園での労働力として酷使されれば、そりゃあ誰だって彼らのことを良くは言えないだろう。


聖職者バルトロメ・デ・ラス・カサス

[バルトロメ・デ・ラス・カサス]


スペイン人の聖職者であったラス・カサスは、このようなコンキスタドールの行為を非難した。「新大陸」(中南米)における数々の不正行為と先住民(インディオ)に対する残虐行為を告発、同地におけるスペイン支配の不当性を訴えつづけた。先住民を奴隷化する労働権利を植民者に与える『エンコミエンダ』という統治制度があったのだが、これを批判し、アメリカ大陸の先住民にも、スペイン人と同等の扱いを受ける必要があると主張した。


しかしとにかく、


  1. アステカ文明(帝国)
  2. マヤ文明
  3. インカ文明(帝国)


といった、四大文明とは別でアメリカ大陸で『密かに』栄えていた文明は、こうして大航海時代の『コンキスタドール』たちによって征服され、滅亡したのである。ちなみに、アステカには神話があって、彼らはコルテスの軍を、かつて東海岸で姿を消した神『ケツァルコアトル』だと思い込み、進んでコルテス軍の言うとおりにした言われている。


いつの時代にもそこには『真理(神)』があり、それを解釈する『人間』がいるということだ。ハッキリと言えることは、人間はその解釈に依存してしまっていて、そして、その解釈が正しいものかどうかはわからないということである。今回の登場人物では、ラス・カサスが最も正解に近い解釈をしたが、しかしそれでも完璧な解釈ではなかった。彼らにもキリスト教を受容する知性があると考えていたからだ。


[ケツァルコアトル]


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論点構造タグ

  • 植民地征服と暴力構造
  • 宗教的正義と略奪の二面性
  • 「発見」という命名の傲慢さ
  • 技術格差と奇襲の成立条件
  • 被征服者視点からの歴史再読
  • 真理と人間の解釈のズレ

問題提起(一次命題)

  • なぜアステカ・インカをはじめとするアメリカ先住文明は、短期間で征服・滅亡させられたのか。
  • その過程で、人間は「真理(神)」をどのように解釈し、どこまで暴力と支配を正当化してしまったのか。

因果構造(事実 → 本質)

  • 【大航海技術・地理認識の変化】
    • 喜望峰到達 → コロンブス航海 → マゼラン世界周航により、「地球球体説」が実証される。
    • 「戻ってこられないかもしれない」という恐怖を超えた一部の冒険者が、新大陸への航路を切り開く。
  • 【勢力圏の制度化と「早い者勝ち」構造】
    • トルデシリャス条約・サラゴサ条約により、アジア=ポルトガル、アメリカ大陸(ブラジル除く)=スペインという勢力圏が教皇の権威のもとに承認される。
    • 「神の名のもとに先に線を引いた者勝ち」という国際ルールが、後の征服・略奪の政治的正当化装置になる。
  • 【技術格差+奇襲の構造】
    • アメリカにはすでにマヤ・アステカ・インカなど高度文明が存在していたが、鉄器兵器・銃火器・大砲・外洋船を持たない。
    • そこへ、武装した少数のコンキスタドールが「完全に想定外の方向」から襲来することで、準備も同盟関係も整っていない文明が一気に瓦解する。
  • 【宗教的世界観と「野蛮」ラベリング】
    • アステカ側:太陽消滅を防ぐための人身供犠という終末信仰 → 生贄儀礼が宗教的中心。
    • スペイン側:カトリック信仰を絶対軸とし、他者の儀礼を「野蛮」と断定 → 征服と改宗の正当化根拠にする。
    • 「自分の神=真理/他者の神=迷信」という構図が、虐殺と文化破壊を道徳的に許容してしまう。
  • 【経済欲望と労働支配制度】
    • 黄金・銀・土地・労働力の獲得が、征服の具体的動機として働く。
    • エンコミエンダ制度により、インディオを事実上の奴隷労働へ組み込み、鉱山・大農園で酷使。
    • 宗教・文明の名を借りた「資源略奪と労働搾取」が、制度として固定化される。
  • 【被征服者の記憶とアイデンティティ】
    • 現代ペルー人の多くは、血統的には混血であっても、自らのルーツを「スペイン人」ではなく「インカ人」と捉える。
    • 征服者ピサロは「文明をもたらした英雄」ではなく、「先祖の文明を破壊した者」として記憶される。
    • ここに「勝者の歴史」と「被征服者の歴史」のギャップが露呈する。
  • 【内部からの批判としてのラス・カサス】
    • ラス・カサスは同じスペイン人・同じキリスト教徒でありながら、インディオ虐待とエンコミエンダを告発し、先住民の人間性と権利を擁護。
    • しかし彼自身も「インディオにもキリスト教を受容する知性がある」と前提し、宗教的枠組み自体は疑っていない。
    • つまり、加害構造の内部から現れた最良の批判者ですら、「時代の限界」を完全には超えられていない。
  • 【本質レベルへの収束】
    • どの時代にも「真理(神)」そのものはあるが、それを解釈し運用するのは常に不完全な人間である。
    • 真理への忠誠を名乗りながら、その解釈を誤るとき、宗教も文明も「救い」ではなく「大量虐殺と文化破壊」の装置になり得る。

価値転換ポイント

  • 勇敢な冒険者の「新大陸発見譚」
    → 技術格差と奇襲・条約による「線引き」が生んだ、構造化された略奪・支配の物語として再定義される。
  • 「人身供犠をやめさせた文明的征服」
    → 先住文明の暴力性を理由に、自らの虐殺・強姦・奴隷化を正当化した「二重基準」として見直される。
  • 「キリスト教的博愛の名のもとに行われた改宗」
    → 一方でラス・カサスのような良心を生みつつ、他方ではその枠組み自体が暴力の温床にもなった「両義的な宗教装置」として捉え直される。
  • 「歴史=勝者の英雄史観」
    → 現代ペルー人のアイデンティティや、ラス・カサスの告発を通じて、「被征服者の視点から歴史を反転させる必要」が突きつけられる。

思想レイヤー構造

【歴史レイヤー】

  • メソアメリカ・アンデスにおけるマヤ・アステカ・インカ等の高度文明の成立と繁栄。
  • 15〜16世紀の大航海時代:喜望峰到達、アメリカ航路開拓、地球球体説の実証。
  • トルデシリャス条約・サラゴサ条約による勢力圏分割とスペイン帝国の覇権確立。
  • コルテスによるアステカ征服、ピサロによるインカ征服、エンコミエンダ制度による植民地支配。
  • その後のオランダ・イギリスへの覇権移行というヨーロッパ内部の覇権シフト。

【心理レイヤー】

  • コロンブスやマゼランらの「岸を見失う勇気」と、未知への恐怖を超える野心・栄誉欲。
  • 黄金・土地・名誉・神の栄光への欲望が、道徳的躊躇を麻痺させていくプロセス。
  • アステカ側の「ケツァルコアトル再来」としての誤認が生む、敵を歓迎してしまう心理的盲点。
  • ラス・カサスの内面にある良心の痛みと、同胞への怒り・神への忠誠との葛藤。

【社会レイヤー】

  • カトリック世界と王権が結託し、「神の代理」として勢力圏を線引きする国際秩序。
  • エンコミエンダを軸とする植民地経済構造(鉱山・プランテーション・奴隷的労働)。
  • 多くのインディオ女性が強姦・妾化され、メスティーソ社会が形成される混血構造。
  • 現代における「自らをインカの子と見る」ペルー人の自己認識と、征服者史観とのズレ。

【真理レイヤー】

  • 「真理(神)は常にそこにあるが、それをどう解釈するかは人間次第」という構図。
  • 同じキリスト教の枠内から、コンキスタドール的暴力とラス・カサス的批判という正反対の行動が生まれる事実。
  • 「野蛮/文明」「偶像崇拝/真の信仰」といったラベリングが、真理そのものではなく人間側の解釈であることの露呈。

【普遍性レイヤー】

  • 技術優位+経済欲望+宗教的正当化が結びつくとき、いつの時代・どの地域でも「征服と搾取の構造」が再現され得る。
  • どれほど善意や信仰を掲げても、「被支配者の視点」を取り戻さなければ、真理から逸れた暴力を見抜けないという普遍的教訓。

核心命題(4〜6点)

  • 「発見」とは、多くの場合、すでにそこに暮らしていた人々と文明を、自分たちの言葉と地図で塗り替える行為でもある。
  • 技術と武力の優位が、「神の名」「文明化」という言葉と結びつくとき、征服は最も正義らしい顔をした略奪になる。
  • 真理(神)は一つでも、その解釈を独占しようとする人間の側にこそ、最大の危険が潜む。
  • 歴史を理解するとは、勝者の物語の裏で「何が破壊され、誰が沈黙させられたか」を見直すことでもある。
  • 時代内部の最良の批判者であっても、その時代の前提に縛られており、「完全な正義」には到達し得ない。

引用・補強ノード

  • クリストファー・コロンブス
    • 新大陸到達の象徴として、「インディオ」という命名と「インド誤認」の出発点を提供する役割。
  • アメリゴ・ヴェスプッチ
    • アメリカ大陸がアジアではないと見抜き、「アメリカ」という命名を通じて、地理認識の転換を象徴。
  • フェルディナンド・マゼラン
    • 世界周航の達成により、地球球体説を実証し、大航海時代の物理的前提を確立する存在。
  • エルナン・コルテス/フランシスコ・ピサロ
    • 技術格差と奇襲を背景にアステカ・インカを征服し、「宗教と文明の名を借りた略奪」の典型事例として機能。
  • バルトロメ・デ・ラス・カサス
    • 同じ文明・宗教内部から加害行為を告発し、「真理と解釈のズレ」を自らの時代の限界を抱えたまま照らし出す存在。
  • アンドレ・ジッド(「長い間岸を見失う勇気が無ければ、新しい大陸を発見できない」)
    • 探検者の勇気を肯定しつつ、その勇気が何に使われたかという価値判断の問いを、読者に投げ返す補強ノード。

AI文脈抽出メタデータ

  • 主題:
    大航海時代におけるアステカ・インカ征服の歴史過程を通じて、「真理(神)」とそれを解釈する人間のズレが、どのように暴力と文明破壊を正当化してきたかを検証する。
  • 文脈:
    15〜16世紀ヨーロッパの覇権争いと大航海技術の発達、カトリック世界と王権による勢力圏分割、メソアメリカ・アンデス文明の存在、コンキスタドールによる征服と植民地支配、ラス・カサスの告発と現代ペルー人の歴史認識。
  • 世界観:
    世界には常に「真理(神)」があるが、それをどう名づけ・理解するかは文明・宗教・時代に依存するという前提。
    宗教も文明も、真理に忠実であれば救いと保護の力になり、解釈を誤れば大量虐殺と搾取の装置にもなり得るという二面性を前提とした世界観。
  • 感情線:
    素朴な疑問(なぜインディアンと呼ぶのか)から始まり、冒険者の勇気への感嘆 → 征服と虐殺の実態への嫌悪・怒り → ラス・カサスの存在による僅かな救いと、しかし彼すらも時代の限界を超えられないというやるせなさへと収束する感情の流れ。
  • 闘争軸:
    • 征服者/被征服者
    • 真理(神)/人間の解釈
    • 宗教的正義/経済欲望・権力欲
    • 文明の優越意識/多様な文明への敬意
    • 勇気ある探検/その勇気の使い道に対する倫理的検証
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