引用と共にこの黄金律を深堀りする
命をかけても勇気を出して果たすべきことがある
早稲田大学商学部を卒業後、様々な経歴を経て、クリスチャン女性の国際的なグループ『Aglow International(アグロー・インターナショナル)』に所属する中村芳子の著書、『聖書88の言葉』にはこうある。
自分の命を『使い切る』とは、どういうことだろうか。
いのちは長い短いというものさしだけではかることはできない
浄土真宗本願寺派、第25代門主、本願寺住職、大谷光淳の著書、『ありのままに、ひたむきに』にはこうある。
長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない
数々の偉人の人生を研究する、上智大学名誉教授、渡部昇一の著書、『賢人は人生を教えてくれる』にはこうある。
『長く翻弄されるだけの人生』を客観的に見た時、自分の命は、どう叫ぶだろうか。
人生の使命
目の前に、あとほんのわずかの時間で、車に轢かれそうな子供がいる。では、その時自分は、その子供を身を挺して助けることが出来るだろうか。助けてしまうと、今度は自分の命が危険に侵されるだろう。だが、助けなければその子供が死ぬ。
その一瞬の時間で、葛藤する。
-でも、自分が死んだら、家で待つ私の子供の将来はどうなるだろうか。誰があの子の面倒を見るというのだろうか。

では、見て見ぬフリをするのか。それでその後の人生、本当に悔いなく生き続けることができるか。
知っているだろうか。動物の中には、自分の子供を産んだと当時に命を終えてしまうものがいるということを。『ミズダコ』だ。
彼ら、彼女らは『生きながらえようと思った』のだろうか。あるいは、『命を全うしようと思った』のだろうか。自分は?人間は?『地球の覇者』じゃないのか?『動物の頂点』じゃないのか?そうじゃないのに、なぜ偉そうにしているのだ。例えば、なぜ動物を檻に入れて鑑賞し、道路を埋め立て種を絶滅に追い込み、森林を伐採し環境を破壊するのだ。偉そうな人間に、偉い人間はいない。
この話を受け、
ミズダコだって自分の子供の為に命を張ったのだから、私だって自分の子供のことを最優先にして生きることを選択したい。
と考える人間もいれば、
『人間はいずれ必ず死ぬ。その事故を見て見ぬフリをした直後、その車が慌てて逸れて、もしかしたら自分の方向に来て、自分が死んでしまうかもしれない。子供が助かり、軌道が逸れて、見て見ぬフリをしてその場から動かなかった、自分が死んでしまうのだ。どうせ死ぬんだ。だとしたら、目の前にそういう光景が現れたとき、それは自分の寿命だ。』
と考える人間もいるだろう。全ての命が問われている。このたった一度の一生で、どう生き、何に価値を見出し、どう死ぬかということを。
構造分類タグ
黄金律
参照分岐ページ
普遍法則参照
構造誘導
Core3
goldenrule
注記(構造役割の明示)
本ページは、黄金律そのものを定義・解釈・展開するページではない。
黄金律という普遍法則群へ 参照・誘導するための構造分岐点 である。


































