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孔子(Confucius)とはどんな人物か

儒教の始祖 孔子画像

目次

孔子(Confucius)

人間史上、最も人間通だと言われた中国思想家。『儒教』の始祖。『論語』は、儒教の教えをまとめた書物で、これらは全て孔子の死後300年ほど経ってから、弟子たちがまとめたものである。また、『儒教』という用語は孔子が作ったものではないので、孔子の時代にはなかった。

孔子はあくまでも、人間を超越した絶対者、神、天の信仰に生きるという態度志向をとらず、徹底して人間の中に天を発見し、人格の権威と自由とを確立しようとした。いわゆる宗教家ではなく、偉大な道徳家であり、実践哲学者というべきである。

また、孔子は3歳で父親を亡くし、24歳で母親を亡くしている。儒教が両親や祖先を重んじ、家族愛を優先することを強く主張している理由には、孔子の親に対する深い思いも影響している、という見方が強い。

家族愛

生い立ち

孔子は春秋時代の末期、紀元前552年9月28日に生まれ、紀元前479年3月9日に亡くなったとされている。氏は孔(こう)、諱は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)。孔子とは、後日ついた名前で、尊称である。『子』には『先生』という意味がある。

仲尼

紀元前552年頃、山東省の曲阜(きょくふ)で生まれた。父は太夫にまでなった武将の叔梁こつ(しゅくりょうこつ)、母は微在。武将の子として生まれたが、地方の小役人の地位に甘んじることなく、勉学に励み、知識を実際に応用することに努め、政治家として、教育家として一家をなした。74歳没。

参考文献『四人の教師』

孔子の教えと罪・悪としたもの

孔子が統治の基本理念においたのは『』である。仁は最高の『』であり、徳を積むことこそが仁に到達する道筋であると説いた。徳を積むためにまず成すべきは『』にあると孔子は示している。孔子は、こうした学びの先にあるものが『』であるとした。学ぶことによって正しい道を選ぶ判断の出来る知を獲得するのだと考えたのである。

徳

また、私の心に響いた教えの一つに『義利合一』がある。義を重んじながら富を得ることは十分にできるという教えだ。人はどうしても『利』に心を支配されがちになる。それは、ココロが未熟であればあるほどそうなる。そんな時、この教えが存在することはあまりにも大きな心の支えとなる。

つまり、渋沢栄一に言わせれば、

ということなのである。人それぞれ、利益を追求する理由はあるだろう。例えば、幼少時代に貧乏を強いられ、お金に苦労したらどうだ。そういう人間が拝金的な人生を生きることは、別に珍しくない。だが、『利』のみに走ってはならない。読むべきなのは以下の記事である。

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孔子が悪としたもの

  • 『利己』

利己的であるということは、『小人』であるということ。つまり『大人』ではない。『成人』とは、『人に成る』と書く。よもや、成人式を迎えた人間が『大人に成れる』とは思っているわけではあるまい。あれはただの『形式』だ。人間というものは、生きていく過程で、『大きな人(大人)に成る』ことが求められているのである。そしてそれは当然、利己的な人間ではなく、むしろその逆である。

孔子は、一人一人が利他的になり、礼を重んじて徳を積み、仁を得ることが出来れば、この世に法律や刑罰などは必要ないと考えた。儒教の考えは『徳』による支配の為、支配者がしっかりしていれば法律など必要ないと説いている。

韓非子の反論

しかし、それに異を唱えたのは韓非子である。

韓非子

人間は孔子の言うような高潔な存在ではない。『利己』に走り、損をすることを回避しようとする。それが人間の本性というものである。従って、法律によって刑罰を整えれば、人はそれを回避しようとして、犯罪を予防できる。法さえ完備していれば、国の秩序は保たれるとして、法の重要性を説いたのだ。

韓非子

韓非子
孔子の夢見る徳治で秩序が保てたらそれ以上のことはない。しかし世の中はそうではないのだ!荀子の言うように人間の本性は悪だから、これに合わせて現実政治を行わねばならない!
韓非子
孔子、孟子の言っていることは、古代の人口が少ない時代なら可能だったかもしれん!人口が増え、経済が盛んな時代にはそんなのは絵空事じゃ!

と主張したのである。

参考文献『世界の宗教(教養マンガ)』

『図解「哲学」は図で考えると面白い』

主な弟子、あるいは意志を受け継いだ者

孟子は、孔子に次いで儒教における重要人物と言われている。従って、この孔子を始祖とする思考・信仰の体系である儒教は、『孔孟教』、つまり『孔子と孟子の教え』と言われることがある。また、孟子は『性善説』、荀子は『性悪説』を唱えた。

孟子の『性善説』

孟子

[孟子]

まずは『孟子と性善説』だが、これは孔子の『忠信説』を発展させたものとされる。なお、今日『性善説』という言葉は『人は本質として善であるため、放っておいても悪を行わないとする楽天主義』という意味で用いられることが少なくないが、本来は正しくない。以下に解説するように、孟子も朱子も、人の『性』は善であっても放っておけば悪を行うようになってしまうため、『聖人の教え』や『礼』などによることが必要であると説いている。

性善説

[修行して善で悪を追い出す]

この考え方は、孟子とほぼ同時代を生きた古代ギリシャの哲学者、プラトンの考え方に似ている。プラトンも、『人間は善に生まれたが、成長と経験で悪に染まる』と考えた。

荀子

荀子の『性悪説』

荀子と性悪説』だが、『人の性は悪なり、その善なるものは偽(ぎ)なり』(『荀子』性悪篇より)から来ている。ここで言う悪とは、『(人間は様々な意味で)弱い存在』という程度の意味であり、『悪=罪(犯罪あるいは悪事)』という意味では無い(「弱い存在」である人間が、犯罪や悪事に手を染めずに一生を終える、という事もありうる)。

性悪説

[外部から後天的に善を積み上げる]

参考文献『Wikipedia

『世界の宗教(教養マンガ)』

ちなみに私はこの二つの説を受け、『どちらも正しくて、どちらも不完全である』という印象を得る。更に言うなら、イギリスの経験論の父、ジョン・ロックは『人間は白紙で生まれる。つまり生まれつき善でも悪でもない』と考えたが、それを受けた上でも私の解釈は以下の通りである。

  • 人間にはが備わっている
  • 人間にはが備わっている

この二つの事実が共存しているのが真実に近い。これらの表現の仕方は色々ある。

天使と悪魔

  • 善意と悪意
  • 良心と悪心
  • 正念と邪念
  • 聖性と魔性
  • 天使と悪魔

どんな言い方でもいい。こんなものはただの『日本語』だ。

ドストエフスキーがこう言い、

パスカルもこう言った様に、

人間の心には常に善と悪が混在していて、それらが常に心の中で主導権争いの為に闘いをしている。そして、その闘いに勝った方が優位性を得て、『悪が勝った』なら、その人間は荀子の言うように『利己』に走るようになる。『善が勝った』なら、その人間は孟子の言うように『利他』に尽くすようになる。

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その『心の中の闘い』のことを、イスラム教では『聖戦』と呼ぶ。本来、聖戦とはこのように人間にとって極めて重要な闘いのことであり、人を惨殺することを許可する考え方ではないのだ。

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また、この孔子の弟子である顔回がどれほどの人物であったかを知りたければ、チョウ・ユンファ主演の映画『孔子の教え』を見ればわかりやすいだろう。時に孔子は、道に迷った時、この自分よりも二回りも年下である顔回に助言を願い出ることもあった。

また孔子は、こうも言っている。

≪魯の哀公が孔子に『弟子の中で誰が学問を好みますか』と尋ねた。孔子答えて言う。『顔回という者がおりました。学問を好み、怒りを他に移す、すなわち腹立ちまぎれに他に当たるようなことはなく、過ちを再び繰り返すことがなかった。不幸、短命にして死し、今はおりません。そのほかに私はまだ本当に学問を好むという者を聞いたことがありません。』≫

参考文献『論語と算盤』

『論語の活学』

対立した者

老子の『無為自然』

老子

[老子]

孔子の考え方に対立した者は、道教の創始者と言われる老子や、その教えを継いだ荘子である。儒教にある『人為』を否定し、『無為自然』を思想の根本に置いた。『天』に行きつく『道』を示したのだ。

無為自然(むいしぜん)
人の手を加えないで、何もせずあるがままにまかせること。

荘子の『万物斉同』

荘子は孟子と同じ時代を生きたが、『万物斉同』こそが欲も徳もない世界へ導くものとし、『知』を学び獲得することへの無意味さを強調した。

万物斉同(ばんぶつせいどう)
万物は道の観点からみれば等価であるという思想。

『知』は徹底的な儒教への批判であり、相容れない思想でもあった。儒教が現実的な立場から道徳論を展開したのに対して、老子と荘子で語られる思想は、宗教的哲学だといえる。

墨子の『兼愛』

儒教に正面から反対したのは墨家を立てた墨子である。

墨子

そもそも儒教の『儒』の字は、この墨子が憎しみを込めてつけたといわれている。本来『雨を祈る人』というこの字は、儒教が災難を祈る人のような、祭祀で金儲けをしようとする輩であるというような、そういう非難の意味が込められていた。また墨子は、儒教が教える『家族愛』は『差別愛』であると主張し、『兼愛』を唱えた。

兼愛(けんあい)
等しく愛すること。

この考え方はキリスト教で言えば『博愛』の考え方に該当する。従って、この点で言えば確かに家族をまず何よりも優先する孔子の考え方よりは、墨子の方が上の境地にあるという見方もできそうである。

ただしマザー・テレサがこう言い、

こうも言った様に、

孔子がまず何より自分の家族を大切にすることを『すべての人々』が重んじたなら、そこにあるのは結果的に世界平和になる、という考え方を持っていたのなら、また違う印象を持つ。

諸葛良孔明と韓非子

また、法律のいらない世界を目指した孔子の考えを否定した韓非子も、ここに挙げられるだろう。そして天才軍師と言われた諸葛亮孔明は、この韓非子を崇拝し、その思想を実践した一人だった。

参考文献『図解「哲学」は図で考えると面白い』

強く影響を受けた偉人

正当な書物や、変化(歪曲)した教え

  • 論語』(四書五経)

『論語』は、孔子の死後300年後に形が整えられたと言われている。しかし、儒教が確立してから隋の時代になり、科挙の試験が行われるようになると、『論語』は受験の為に丸暗記すべき書物となった。それによって『論語読みの論語知らず』が多数派となり、温故知新は絵に描いたモチとなった。

論語

[論語 八佾]

また、孔子は今でこそ中国を代表する大学者や聖人とされているが、同時代人の多くからは、出来もしないことをしようとしている身の程知らずや物好き扱いされていた(憲門第十四-四十)。

参考文献『論語の教え』

また、孔子は道徳の乾物のように考えている人が多いかもしれないが、実は正反対で、とても人間らしい人物であったという。論語にはこうある。

『孔子が言われた。「腹いっぱい食って、一日中のらりくらりして一向に心を働かさないというのは何とも困ったものだ。それなら博打や双六といった勝負事をしたほうがまだマシだ」と』

孔子が世間の普通の人が考えておるような人であれば、なかなかこういう言葉は言えぬはずである。(安岡正篤

参考文献『論語の活学』

孔子(儒教)に関する豆知識

この『儒教』は、中国三大宗教(三教と言い、孔子の教えである儒教・ブッダを開祖とする仏教・老子と神仙を祖とする道教を指す)の一つである。それから弟子の孟子だが、彼は『土地は国家のものだ』という土地均分の考え方を持っていて、これがのちに、日本の『明治維新』に大きな影響を与えたと言われている。

参考文献『世界がわかる宗教社会学 入門』

ちなみに、孔子は2メートル近い大男だったと言われている。

孔子と私の関係性

私が孔子の教えに初めて触れたのは、26歳やそこらだった。23歳で何の出資者もメンターの存在も無く、ヒトもカネもコネもモノも無く、知性も無い中起業した私は、当時自分の人生や会社の経営について、葛藤していた。

金の存在に疑問を覚えた幼少時代。拝金的に生きた少年時代。気づけば私は青年になっていて、そしてそれはつまり、その後単なる中年になるか、地に足がついた識者となるかという選択を迫られているということだった。しかし、どの道を歩けば悔いが残らないか、見極めるのは困難を極めた。自分一人の思慮では限界があったのだ。

そんな中、渋沢栄一の名著『論語と算盤』を読み、背筋に電流が走るのを覚えた。『義利合一』の概念を知ったのである。紐解けばそれは、孔子と孟子の教え、『孔孟教(儒教)』の教えの一つだと言うではないか。私はこの教えの甚大さによって、自社のビジネスモデルを転換するに至った。拝金的な人生から一転、『悔いの残らない道』を指し示してくれた孔子の教えに、私は人生を救われたのである。

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■構造分類タグ

#儒教 #徳治主義 #仁義礼智 #家族愛 #利己と利他 #性善性悪論 #法治との対立 #東アジア思想史


■思想核(OSレイヤー)

神や超越的存在への信仰ではなく、「人間の中に天を見いだす」人間中心の実践哲学。
家庭・祖先・日常の礼節を基盤に、学び(学)を通じて知(知)を磨き、徳を積み重ねることで仁に至るという、内面修養と人間関係の秩序を重ね合わせた“徳治OS”。利己を小人、利他と礼・仁を大人とし、「一人ひとりの人格と家族から世界秩序へひろがる」構造を描く。


■教義・実践構造マップ

【存在観】
“天”を人格神として崇めるよりも、人間の中に“天”を見いだす立場。人間の人格・徳のなかにこそ天の意志が現れると捉え、超越神より「人間の中の天」「人間の尊厳」を重視する。

【人間観】
人間は善と悪、利他と利己の両方を内包する存在であり、心の中で常に闘いが起きているという理解(本文中の孟子・荀子・著者の統合的解釈)。その闘いで善・利他が勝つよう導くのが教えの役割。

【倫理・道徳観】
統治の基本理念は「仁」。仁は最高の徳であり、礼を重んじ、学びを通じて知を得て、徳を積むことで到達する。利己は“小人”であり、利他的で徳を重ねる“大人”を目指す。家族愛・祖先崇敬を出発点に、社会全体へと徳の円を広げていく。

【救済観/解放観】
超越的救済よりも、「人が人として成熟すること」そのものを救いとみなす。社会全体として、法や刑罰に頼らず、徳ある支配者と徳を積む庶民によって秩序が保たれる状態=理想の解放形態。

【実践法】
・学(論語などを学び、思索し、実務に活かす)
・礼(家族・祖先・社会関係における礼節の実践)
・利己を戒め、利他を選ぶ習慣形成
・日々の行いの中で徳を積み、仁に近づく生き方
・家族を大切にすることから始め、身近な関係を整える


■価値転換ポイント

・「利己的成功」 → 「利他と徳を前提にした成功(義利合一)」
・「家族愛=差別愛という批判」 → 「家族から世界平和へと広がる徳の出発点」
・「法と刑罰による統治」 → 「徳による統治(徳治)という別の秩序モデル」
・「人は善か悪かの二分」 → 「善と悪が心の中で闘う動的構造」
・「孔子=乾いた道徳家像」 → 「博打や双六を引き合いに出す、人間味ある現実的思索者」
・「論語=丸暗記の試験道具」 → 「生きた実践哲学としての論語」


■思想構造マップ

【心的レイヤー】
幼少期に両親を失った経験からくる、家族への深い思いと人間への洞察。厳格な道徳家でありながら、博打や双六を引き合いに出して怠惰を戒めるなど、柔らかさとユーモアを併せ持つ人格像。

【認識レイヤー】
人間の性は善か悪かという二項対立を超え、「善と悪の両方が心に共存し、どちらが主導権を取るか」が重要という立場(本文における孟子・荀子・ドストエフスキー・パスカル等の引用を踏まえた整理)。知とは、学を通じて正しい道を選べる判断力を獲得すること。

【社会レイヤー】
春秋戦国の混乱期に、徳治という社会秩序モデルを提示。法家(韓非子)・道家(老荘)・墨家(墨子)など、他思想との激しい対立の中で、「家族愛・礼・徳・仁」を現実政治の軸に据えようとした。後世には、科挙制度の中で形式化され、「論語読みの論語知らず」という問題も生む。

【時間レイヤー】
戦乱の時代に生まれ、小役人から勉学に励み、思想家・教育者・政治家として立ち、死後300年を経て弟子たちによって教えが整理される。その後、隋・唐以降の官僚制や東アジア社会の倫理基盤として長く機能する流れ。

【普遍性レイヤー】
利己と利他のせめぎ合い、家族から始まる道徳の輪、学びと実践による自己形成、徳による統治という理想。宗教・時代・国境を超えて、企業経営(渋沢栄一)や現代の生き方にまで適用可能な普遍構造を持つ。


■系譜・影響マップ

【弟子・継承者】
孟子(性善説)、荀子(性悪説)、顔回(高弟として孔子が最も評価した弟子)。さらに歴代の儒家、東アジアの儒学者たちへと系譜が続く。

【対立者・批判者】
老子・荘子(無為自然・万物斉同による“人為”への批判)、墨子(兼愛による家族愛批判)、韓非子(法治・刑罰による統治の優位を主張)、および後世の「儒教=形式的道徳」とみなす批判。

【後世への影響】
・中国三教の一角として、東アジア全体の倫理・家族観・政治思想の基盤を形成
・孟子の土地観が明治維新の土地政策へ影響したとされる
・日本では、水戸黄門・横井小楠・伊藤仁斎・佐藤一斎・渋沢栄一・安岡正篤など、多くの思想家・実務家に強い影響
・現代でも『論語と算盤』を通じ、義利合一という経営思想として生き続ける

【誤解・変形のポイント】
・科挙の暗記教科書としての儒教化 → 「論語読みの論語知らず」現象
・家族愛=差別愛との批判(墨子)
・孔子像が“乾いた説教者”として固定化され、実際の人間味や現実感覚が見落とされがちであること


■核心命題

  1. 人間は善と悪、利他と利己を同時に内包しており、どちらを選ぶかが生き方を決める。
  2. 家族を大切にし、礼を守り、学びと実践を通じて徳を積むことで、仁に至る道が開ける。
  3. 利益追求は否定されるべきではないが、義を欠いた利は人を小人にし、社会を壊す。
  4. 法と刑罰による統治ではなく、徳と模範による統治こそが、長期的な秩序と安定を生む理想である。
  5. 他者や神に依存するのではなく、一人ひとりが“大人”として成長しようとする姿勢が、社会全体の質を決める。

■AI文脈抽出メタデータ

主題:
儒教・徳治主義・仁と徳・利己/利他・家族愛・性善/性悪論・他思想との対立(法家・道家・墨家)

文脈:
春秋戦国時代の中国/戦乱と秩序模索/後の科挙制度・東アジア倫理への長期的影響

世界観:
人間の中に“天”を見いだし、家族と社会関係のなかで徳と仁を具現化していく人間中心世界観

感情線:
孤児としての出発 → 学びと実務 → 思想体系の構築 → 同時代からの軽視や批判 → 死後の再評価と制度化 → 形式化と誤解 → 現代での再解釈と実務への応用

闘争軸:
徳治 vs 法治
家族愛 vs 兼愛
利他 vs 利己
実践的道徳哲学 vs 宗教的・抽象的哲学(老荘・宗教的哲学)

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