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リルケ『「旅」にはたった一つしかない。自分自身の中へ行くこと。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

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ふむ…。

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目次

考察

いや、『一人旅』という時にどこかに行くのも、『旅』と数える。しかし確かに、『旅行』と『旅』では、そのモチベーションの重みが違う。前者は少し浮ついていて、後者はどこかにある種の覚悟が垣間見える。

 

また、『放浪』と『旅』の違いは、前者は目的がなく、後者は目的があることだと言う。だとしたら、やはり『旅』とは、目的があり、そして重みと覚悟があり、それは決して複数人でヘラヘラとして浮つく環境に自分を追いやることではなく、その真逆で、リルケの言うように、自分の心と向き合う時間を確保する、という考え方は、すんなりと理解できるようになる。

 

というか、私は最初からこの意味をよく知っている。しかし私の周りに『俺が行っているのは旅行ではなく、旅だから、いつか気楽に旅行したいと思うよ。』と言っても、意味を理解出来ないままそれをスルーするという、あまりにも愚かな事実を作ってしまった人間がいた。だからなかなか人に話すことはなくなったのだが、こうしてリルケは同じことを言っているのだ。

 

それだけではない。29歳で尊厳死を選んだ、ブリタニー・メイナードは言った。

『この世界は美しい場所です。旅は、私にとって最も偉大な教師でした。最も偉大な支援者は、近しい友人や仲間たちです。こうしてメッセージを書く間にも、私のベッドのそばで応援してくれています。さようなら、世界。良いエネルギーを広めてください。次へつなげましょう。』

 

更に、ゲーテも、

 

こう言い、あるいは、

 

こう言っている様に、『旅』とは、軽率に考えている人間が思うより、はるかに有意義なテーマの一つである。『旅行』なら、金と時間があれば全人間が出来る。しかし、『旅』に必要なのは、金ではなく、時間と謙虚さだ。その、謙虚さを兼ね備えている人間は、例えば私の周りには、ほぼゼロであり、今までの人生で数えても、『恩師』と私が呼ぶ人間の、数名だけである。

 

それを備えている人間は、ブリタニー・メイナードの様に、死を目前として、ある種の悟りにも近い達観した境地にいる人間か、主体的にその達観の道を探究した『偉人』と呼ばれる人間だけだ。

 

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T
こんにちは。IQさんの弟子の『T』です。私は師匠ほど前向きな思考を持てない問題を抱えていますが、師匠から『そういう人の葛藤的内省も価値はある』と言われたこと、そして同時に偉人と対話して心の修行をするため、ここに私の内省記事を記載します。

もう一つの内省

旅行などに行ったとしてもそれは楽しむことが目的になり、自分自身と向き合う旅行にすることは難しい。逆に、旅に行ってくると言った場合は、修行や成長が背景に思い浮かぶので、自分自身と向き合うために行くといっても自然なことに思う。このことを自分自身の思考に置き換え、ただ漠然と物事を考える場面をなくし、常に自分の内側に旅をする意識で慎重に考えるようにしていけば、軽率な行動などしなくなり、逆に慎重になりすぎるぐらいのほうが今の自分には合っていると思う。パッと行動することをやめ、慎重に一歩ずつ進んでいくようにする。

 

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