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ニーチェ『人間は深淵に架けられた一条の綱である。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

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ふむ…。

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考察

『人間は深淵に架けられた一条の綱である。渡るも危険、途上にあるも危険、うしろをふりかえるも危険、身ぶるいして立ちとどまるのも危険。人間において偉大な点は、それが橋であって目的でないことだ。人間において愛されうる点は、それが過渡であり、没落であることだ。』

 

『深淵(しんえん)』というのは、深い淵のことであり、崖の様なイメージを持ちたい。そこにかけられた、一条の綱だ。綱渡りのような綱だ。渡っても危険、うしろに戻っても危険、そのままそこにいても危険。そこまではイメージが出来るはずである。

 

そして、人間にとって偉大なのは、それが『目的』ではなく『橋』であると。つまり、『目的』ならそこが最終地点だが、『橋』なら、その用途は『向こう岸に渡るもの』ということになり、普通、橋があるのに、その上で立ち止まって睡眠をとる、ということにはならない。あくまでも、向こう岸に渡るために存在しているのが橋だ。

 

 

だから人間の偉いところは、そんな崖っぷちにある綱渡りを生まれてすぐに強制されて、どこへ行ってもそれは正解だという保証もない中、それでも、自分が『前』だと確信した方向へ、足を前にひた進めるところ。ここにあるのは人間の矜持である。『どうせ死ぬなら生きてやろう』ということなのだ。

 

そしてその後に続く言葉だが、過度は、やりすぎること。没落は、栄えていたものが衰えること。それを考えた時、共通するのは『人間らしい失敗』である。やはりそうした失敗は、人間ならではのことだ。そう考えると、そこを愛してしまうことも、人間にとっての矜持だ。どうにもならないのだから、それすらも愛してしまおうということだ。

 

嫌ったって仕方ない。自殺するのも良い選択肢だとは思わない。しかし、そういう人間らしい失敗は、生きていれば必ず起こり得ることだ。だから、その全容を愛し、自分が『前だ』と決めた道をひた進む矜持を持つことは、この虚無たる混沌の闇の中に生まれた人間の、愛すべき点であり、誇るべき点である。

 

 

 

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