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柳生宗矩『平常心をもって一切の事をなす人、これを名人というなり。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

[say name=”偉人” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/戦国武将のアイコン.png”]日本武将 柳生宗矩[/say]

[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/シャーロックホームズアイコン1.png” from=”right”]ふむ…。[/say]
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目次

考察

 

そんな平常心、あるいは克己心に溢れた人間は、傍から見ると一言、達人である。文字通り彼は、達観している。『勝って兜の緒を締めよ』という言葉の意味を、よく知っているのだ。

 

老子は言う。

 

アリストテレスは言う。

 

そして、渋沢栄一は名著『論語と算盤』で『得意時代と失意時代』という概念について書いている。

 

およそ人の禍は、多くは得意時代に萌すもので、得意の時は誰しも調子に乗るという傾向があるから、禍害はこの欠陥に食い入るのである。ならば、得意の時だからといって気をゆるさず、失意の時だからとて落胆せず、平常心を保つことを意識することが重要である。

 

多くの経験を積み重ねなければ、およそこれを理解する境地には立てない。そういう意味でも、彼は達人である。

 

だからよく素人が慌てふためいて失敗ばかりしている様子を見て、

『だめだよそんなんじゃ!まるでだめだね!』

 

悦に入りながら罵倒する人間がいるが、彼は当然達人ではない。『似非達人』だ。つまり、達人のふりをしている凡人である。

 

似非達人

 

なんせ、彼はその人をそう罵倒することで優越感に浸っている。自分の優越感や立場のために子供同然の素人を踏み台にし、それで満足しているような人間に、達人はいない。

 

どんな人間でも最初は素人。そしてそこから経験を積み上げ、みんな達人になる。そうすればライバルができて、切磋琢磨できる。切磋琢磨できれば自分は怠惰に甘んじることができなくなり、一石二鳥である。自分が更に上の境地を目指すことができる。

 

境地

 

それなのに若い芽を潰して優越感に浸ろうというのであれば、これは言語道断である。達人はそういうことをしない。そういうことをするのは凡人である。

 

 

 

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