偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

ふむ…。
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目次
考察
確かにそれが事実なのだが、それが『少数』でいてはいけない。『大多数』の人が、真剣な求道者であり、高い見識を持つべきであり、その様な世界が来ることを諦めてはならないのである。
道教の創案者の一人、老子はこう言った。
そもそも『仁義』という概念を人間が謳うようになったのは、それを掲げて依存して、道標としなければならなかったからであり、本来、別に必要なかった。
『法律?私は認めていない。』(超訳)
つまり儒教の教えは、
『徳による支配の為、支配者がしっかりしていれば、法律など必要ない。』
というものであり、人間に主体性があり、意志を大事にする矜持があるなら、国家や法律といった外部要因に依存する必要などないのだ。つまり、老子も、孔子も、『真剣な求道者は少数のみで結構』などとは言っていない。むしろ、少数になってしまっている現実を、憂いていた。しかし、彼らが息をした時代から2500年以上経った今、尚、その割合は変わっていないようだ。その現実を淡々と直視し、生み出された言葉が、この言葉なのである。
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