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フランソワ・ラブレー『私は偉大なる「もしかして」を探しに行くのだ。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

[say name=”偉人” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/人物アイコン.png”]フランス人文主義者 フランソワ・ラブレー画像)[/say]

[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/シャーロックホームズアイコン1.png” from=”right”]ふむ…。[/say]
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目次

考察

『もしかしてを探す』というのは、『わからないが、だがその可能性はある』ということで、つまり『わからない』ことをハッキリさせにいく、というニュアンスが含まれている。未踏未達の、未開の場所を開拓する。その様な捉え方で、まず間違いないだろう。

 

では、その中で『偉大なる』ということになると、どのような場所を示すことになるだろうか。例えば、、ガリレオコペルニクスが『地動説』を説くまでは、キリスト教で信じられていた『天動説』が常識だった。

 

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しかし真実は、『地動説』に近かったわけで、

 

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更には、地球も太陽も、宇宙の真ん中ではなかった。しかし、この時代の人間は、『天動説を信じていた(間違った事実を、真実だと勘違いしていた)』。その場合、『いや、地動説が正しいのだ』と言って、その方向にひた進むということは、『偉大なるもしかして』の方向だということになる。未踏未達であり、しかも真実がひっくり返る。こういう探究をするということは、ラブレーの言葉通りだ。

 

しかし、ゲーテは言った。

 

だとすると、たとえコペルニクスやガリレオがやったような歴史的発見でなくても、この唯一無二の自分の人生で、自分にしか生きられない航路を見出すことは、偉大なる冒険になるのだ。

 

 

 

 

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