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ニーチェ『危険、偶発、悪意、悪天候に遭遇したならば、自力で切り抜けねばならない。自分の道をまさに自分のために進んでいるのだから。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

[say name=”偉人” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/人物アイコン.png”]ドイツ哲学者 ニーチェ画像)[/say]

[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/シャーロックホームズアイコン1.png” from=”right”]ふむ…。[/say]
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目次

考察

『私はお前たちに私と同じ冒険を、あるいは冒険とは言わぬまでも同じ孤独を勧めるなどと思わぬがいい。なぜなら、自分自身の道を行く者は誰にも会わないからである。自分自身の道とはそうしたものである。誰もそこでは助けに来てくれない。危険、偶発、悪意、悪天候に遭遇したならば、自力で切り抜けねばならない。自分の道をまさに自分のために進んでいるのだから。』

 

シェイクスピアは言った。

 

そこに書いたのはこうだ。だが別に私には関係ない。自分の人生は、自分で決めればいいのだ。誰も口出しは出来ない。そして、誰も救ってやる義務などない。その通りだ。

 

例えば私の部下は、6年以上の付き合いになるが、その間に行われた助言、説教、ビンタ(それ以上)の数は、数えきれるものではない。異常なほど行われている。しかし、それ(異常)でいい。なぜなら彼は、異常(健常者ではない)のである。例えば『吃音症』であり、『被害者ヅラ(実際に兄を事故で亡くしている)』であり、通常ではない。

 

つまり、異常な対応は、彼にとっては正常なのである。異常な人間に、正常な対応をしていてはならない。病気には、それぞれ適した処方薬があるのだ。肝臓癌にかかった患者に、バンドエイドを貼っても治らないのである。

 

 

市販薬(オーソドックス)でもダメだ。処方薬でなければならない。その彼にとって、異常なほど続いているこの助言や説教は正常なのである。さて、そんな彼に教えて来た、あるこの世の原則がある。例えばそれは、

 

ソクラテスなら、

ソクラテス

 

こうであり、あるいは、ブッダならこうだ。

ブッダ

 

こういう、『原則』について、説いてきたのである。何回言ったかわからない。1000に近いほど言っていただろう。だが、彼がその話を本当に理解したのは、自分で健康の為に減量をして、食事の有難味に気づいたそのとき、つまり、5年以上の歳月が経ってから、自分でやってみて、初めて理解したのである。

 

私はもう笑うしかなかった。それほどその5年間に、喉がちぎれるほど助言していたのに、それが全く通用しておらず、自分がやってみたら、簡単に理解をした。呆れてものを言えないというのはあのことだ。そんなことを一通り経験して、シェイクスピアのその記事に、そう書いているのである。

 

確かに、5年間の助言は無駄ではないだろう。刷り込まれていたはずだ。それが開花したのだ。だから、種を植えたのは私なので、私の努力は無駄にならない。しかし私はその丸5年間。本当に、本気で怒鳴りつけ、叱りつけ、助言をしてきた。普段あまり本気を出さずに生きて来た私が、本当に、本気で助言をしてきたのだ。

 

それで突破できなかったある一線を、ひょいっと簡単に、違う方向から飛び越えた様を見て私は、ある種の悟りの境地を得たのだ。自分の人生の舵を握るのは、自分しかいないのだと。

 

 

 

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