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親鸞『薬があるからといって、毒を好んで飲むべきではない。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

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考察

麻薬で考えてみる。それを解毒する薬があったとしても、それは別に、麻薬をやっていいという理由にはならない。麻薬には、解毒をすればそれで済む、という問題以外に、人間の身体に支障をきたす別の問題があるのだ。『精神依存』である。例えば、下にメーターがある。

 

 

実は、麻薬をやると、『右のゲージ』が出現する。つまり、普通の人はこのゲージが最初からないのだ。そして右のゲージは、麻薬を使用すると一気に満タンになり、気持ちは満たされた感覚を得る。だが、それが枯渇していくのだ。麻薬の効果が切れるとともに、『禁断症状』が出るようになる。その時、すでに解毒は終了している。しかし、この『右のゲージ』がなくなることは、永久に無い。

 

こう考えた時、背筋が凍るのであれば、まだ大丈夫だ。取り返しはつく。まずいのは、

 

(じゃあ枯渇する前に常に満たせばいいだろ。次々と継ぎ足してさ。)

 

と考える人間の脳だ。恐らく既に、蝕まれているだろう。人生には、『罠』がある。麻薬、異性、お金、見栄、それを煽られ、それに支配され、それにハマって、人生を棒に振るった人間は大勢いる。いや、確かに人はどの道死ぬ。だが、自分の命に辿り着くまでに、今までの先祖が、どれだけの時間と、労力をかけたかを思い出すべし。幾多のドラマがあっただろう。幾多の困難が立ち塞がっただろう。だが、それでも自分が今こうして生きている。このことについて一度じっくりと考え、『自暴自棄』になることをやめ、『自信』を持って生き貫き、また、子々孫々へと命を繋いでいきたい。

 

 

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