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シド・ヴィシャス『ただコード弾いてブーンって鳴って、そしたら音楽だ。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

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ふむ…。

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目次

考察

音楽というものを真剣に考える人は、音楽が心底から好きな人だ。いや、好きな人というよりも、何かこう、その枠を飛び越えて、『音楽』という概念が生み出された起因まで遡って思慮を巡らせ、何とかしてそのエッセンス(本質)を得ようとするような行為からは、まるで、自分と音楽を一心同体にしようとするような、ある種の宗教にも似た、芸術的な情熱を燃やす人だ。

 

 

私は彼の様に、音楽に命を捧げるような道は選択しなかったが、あんなにも10代の頃に歌って騒いで、という日々を繰り返していたのに、あるときから、カラオケにパタリと行けなくなった。虚しくなったのだ。自分がそこで音楽を『浪費』している様な気がして、その行為自体に疑問を覚えるようになったのだ。歌というものは、音楽というものは、本来、もっと崇高で、心底を振るわせるような、感慨深いものだった様な気がしたのだ。それが、カラオケではそうはならなかった。それはまるで、音楽の浪費であるかのような感覚に襲われるようになったのだ。

 

その後、堂本剛が平安神宮でやったコンサートを撮った映画、『平安結祈』を観たり、天才ピアニストが、『音楽は毎回違う顔を見せてくれる。私の奏でる音楽は毎回全て違います。』と言っているのを聞いたりして、兼ねてから引っかかっていた私の感覚と、繋がっていくような感覚を得ていった。

 

その正体は『アウラ』だった。アウラとは、『一度きりの要素』ということ。私が『音楽の浪費』と感じていた音楽に対する疑問と、その『アウラ』の概念が結びついたとき、私は、音楽が誕生した起因に触れた気がしたのだ。

 

 

我々の命も、音楽も、同じく、『アウラ』である。その姿形が人から見てデタラメに見えても、結局一つの、『アウラ』である。音楽は、アウラでなければならない。音楽も命も、アウラだからこそ、厳かで尊いのだ。シド・ヴィシャスの言葉で、そんなイメージを頭に浮かべた。

 

 

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