index

第21の言葉|基礎ページ

意味

スイスの心理学者、ユングのこの記事で、

『生きることには、意味があるとも言えるし、意味がないとも言える。私は両者の戦いの末に意味があるという結論にたどり着きたい。』

私が書いたのはこうだ。

戦争やテロリズムも、一見するとそこに主体性があるように見えるが、実際は『主体性が無い』可能性がある。それは例えば、『世界がわかる宗教社会学入門』にあるこの一文を見て、浮上してくる事実である。

宗教には、テロリズムのイメージがある。宗教とテロは関係性が強いのか。これはもちろん誤解で、実際はテロリストが宗教を口実にしているだけ

それに、経験論の父、ジョン・ロックは言った。
『確信の強さがそのまま正しさの証拠になるわけではない。』

つまり、ダイバーシティ(多様性)があることはいいが、そこに『主体性』がなければならず、『ある』と思っていてもそれは主体性ではなく、あるいは、『正しい方向ではない』場合がある。

例えば、幼女連続強姦殺人犯は、一つの生命体だが、倫理で考えても、心で考えても、その人物を『人間』として考えることは出来ない。その人物を『多様性の一つ』として認めることは無いし、精神分析の結果、『異常』と判断されるのであれば、そこに『主体性』はない。

つまり、『ダイバーシティ(多様性)があるのは良い。だが、個々各人の主体性が真理に則って成り立つ場合のみ、そこにダイバーシティがある。』という事実が浮き彫りになるわけだ。まずは、『主体性』がなければならない。だがその主体性は、前述したように『勘違い』ではいけない。

にも書いた様に、『命よりも上にあるものがある』という発想だと、戦争やテロリズムのような結論が生み出されてしまうし、

にも書いた様に、シェイクスピアの言った、

『われわれの人生は織り糸で織られているが、良い糸も悪い糸も混じっている。』(シェイクスピア)

自分の本心ではない、本心を惑わす、本心かと思い間違いかねない『悪い糸』の存在を『知らない』者が下す判断は、主体性がある判断とは言えない。だから『主体性』の意味をはき違えていれば、もうその時点でそこに多様性などなく、あるのは『混沌』だけである。

『真理』というものは、例えば『人を殺してはいけない』という事実は、極めてそれに近いものであるわけだ。だが、テロや戦争では人を殺してしまうことになる。それであれば、

『それは真理から逸れた行動だから、そこに主体性があるとは思えないし、そこに多様性があると認めることもできない』

ということになり、テロリズムや戦争が『人間の生きる道』からはじき出されることになる。

関連する黄金律

構造分類タグ

54の言葉
探究命題
思考展開点
抽象定義
Core3
goldenrule接続
inquiry接続
非人格化思想

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次