偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け


ふむ…。
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目次
考察
『負け犬の遠吠え』と言うだろう。あるいは『弱い犬ほどよく吠える』とも言うのだ。『飼い犬にはならない』とか、『犬に成り下がるな』とか、『あいつはA氏の犬だ』とか、まあ、何でもかんでも犬の名前を持ち出して、まるで犬が悪いみたいに言うが、さだまさしが以前それをついた歌を出していたが、その通り、事実、犬自体は優秀で、愛すべき生命なのである。
だが、それが人間なのに犬の様であれば、話は別という事である。自信が無いから荒々しい口調になるのだ。それでまずアドバンテージ(有利性)を確保したいのである。主導権だ。相手をまずそれで威嚇して、威圧して、それで怯えたところで主導権を取る。そうして自分の『ホーム』に引きずり込まないと、自分の無知と無力が露呈してしまうことがわかっているのだ。幼い人間を相手に馬鹿な大人がよく使う手口が、これである。私もこの目で見て来た人間の一人である。
最近ではそれが原因の事件も起きた。それを『人心掌握術』だと思っているのであれば、とんでもない。それが『無知』たる証拠である。しかし事実、事件は起きた。『人心』は『掌握』されてしまったではないか。だからこの話を軽く考えない方が良い。だが、この理屈を理解すれば、何ら怖い物でも何でもないこともまた事実だ。
また今度は不良少年の例で考えてみよう。不良少年の言葉は実に『荒々しくて毒づいている』。そしてときに彼らは自分の両親に対してこう怒鳴り散らす。

うるせえんだよクソジジイ!クソババア!ぶっ殺すぞこの野郎!死ねやてめえ!
しかしそう言って彼らが実際に両親を殺してしまうことはほとんどなく、実際には心底で両親に感謝しているのである。
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