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『Zipangu』(MOVIE RECIPE)

目次

MOVIE RECIPE

『This is JAPAN』というレシピで日本に関連した映画をピックアップしましたが、今回は日本の歴史にスポットライトを当ててみましょう。間違ったことは許されませんが、『東洋の奇跡』や武士道など、世界を震撼させるだけの気質を持った独特のこの国から、目が離せません。


運営者の映画経験と共にレシピ内の情報が変更されます。主に『追加』ですが、一度ご購入された方はそのまま追加された情報も含めて、このページの情報を永久にご覧になれます。


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このレシピの詳細

  • レシピ数:3
  • 紹介映画:36


当記事は半分まで無料で閲覧可能です。また、下記『MOVIE RECIPE1:冒険者たち』が全て無料で閲覧できるようになっていますので、参考までに。


1.『戦国時代』

戦国時代の日本を描いた映画を、なるべく時系列順で紹介する。


今回配合するレシピはこちらです!

  1. 『天と地と』
  2. 『清須会議』
  3. 『影武者』
  4. 『のぼうの城』
  5. 『関ヶ原』
  6. 『沈黙 -サイレンス-』


『天と地と』

1553年頃。『川中島の戦い』。天才的な軍略の才で越後国を統一し、甲斐国の武田信玄と名勝負を繰り広げた上杉謙信を描く。

『清須会議』

1582年頃。『日本史上初めて合議によって歴史が動いた』力づくだけではない。人が出世するためには頭も使わなければならない。豊臣秀吉は織田信長が本能寺の変で死んだ後、どう立ち回ったか。

『影武者』

1593年頃。『武田信玄の影武者になった男』武田信玄は、織田信長が唯一と言っていいほど苦戦し、一目置いた名将である。彼だけじゃなく、彼の部下たちもまた手ごわかった。そんな信玄には、実は影武者がいた。細部までクオリティの高い黒澤明の映像作品である。

『のぼうの城』

1590年頃。『秀吉が落とせなかった城』「武州・忍城(おしじょう)を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は大軍勢を率いて忍城に迫る。だが、この忍城にいたのは『のぼう』と言われる得体の知れない領主だった。秀吉が唯一落とせなかった城の正体とは。

『関ヶ原』

1600年頃。『関ヶ原の戦い』天下分け目の関ヶ原の戦いは、史上最大の会戦だった。徳川家康や豊臣秀吉らのいる舞台で、石田三成がどう立ち振る舞ったか。そしてその真相はいかに。

『沈黙 -サイレンス-』

1600年頃。『隠れキリシタンと神の沈黙』当時、キリスト教徒は迫害を受けていた。だから『隠れキリシタン』が生まれた。そこで、アメリカから宣教師がやってくる。しかし、日本の考え方と衝突する。神に祈る宣教師。だが、神は答えない。沈黙しているのだ。一体どうすればいいのか。


運営者

運営者のIQから一言。

戦国時代が始まったのは歴史的には応仁の乱があった1467年のことだとされています。その名前の由来は、当時の公家が古代中国の「春秋戦国時代」の乱世になぞらえ「戦国の世」と表現したことに由来しているといいます。下の表に(1493年)とあるのは、明応の政変(めいおうのせいへん)があったからです。1493年4月に細川政元が起こした室町幕府における将軍の擁廃立事件で、これによって将軍は足利義材(義稙)から足利義遐(義澄)へと代えられ、以後将軍家は義稙流と義澄流に二分された。よって、近年はこれ以降を戦国時代と称するべきだという声が上がっています。

室町時代1336年 – 1573年
 南北朝時代1336年 – 1392年
 戦国時代1467年(1493年)– 1590年


2.『大日本帝国』

『大日本帝国』の歴史は紀元前660年頃からその兆候が見られるが、実質的には1890年頃から、第二次世界大戦で敗戦する1945年までの期間を言う。


今回配合するレシピはこちらです!

  1. 『八甲田山』
  2. 『二百三高地』
  3. 『日本海大海戦』
  4. 『セデック・バレ 第一部 太陽旗、第二部 虹の橋』 
  5. 『KANO 1931海の向こうの甲子園』
  6. 『中国侵攻作戦』
  7. 『太陽の帝国』
  8. 『杉原千畝』
  9. 『不屈の男 アンブロークン』
  10. 『連合艦隊』
  11. 『ラストエンペラー』
  12. 『戦場のメリークリスマス』
  13. 『硫黄島からの手紙』
  14. 『ハクソー・リッジ』
  15. 『永遠の0』
  16. 『火垂るの墓』
  17. 『この世界の片隅に』
  18. 『ビルマの竪琴』
  19. 『終戦のエンペラー』
  20. 『日本のいちばん長い日』
  21. 『東京裁判』
  22. 『パシフィック・ウォー』


『八甲田山』

1902年頃。『日露戦争に備えた極寒の訓練』。ナポレオンが負けた三人の男の一人が、ロシアのアレクサンドル1世である。彼はわざとナポレオンに負けつつ、内陸におびき寄せてロシアの『洗礼』を受けさせた。ロシアの極寒の気温である。よってナポレオン軍は、戦死と凍傷で61万もいた兵士が5千人に激減してしまったという。では、日露戦争を控えた日本はどうするか。

『二百三高地』

1904年頃。『命がけの旅順攻略』。二百三高地。それは高さを意味している。『旅順』である。日露戦争において、この旅順攻略は極めて重要なカギを握っていた。この攻略の指揮を執った乃木希典(のぎまれすけ)を、昭和の名優仲代達矢が演じる。

『日本海大海戦』

1904年頃。『東郷平八郎とバルチック艦隊』。乃木希典の旅順攻略がどれほど重要だったかが、この作品を見て更に痛感することになる。東郷平八郎が魅せた東洋の奇跡、バルチック艦隊の撃破は、旅順攻略がなければあり得なかったのだ。

『セデック・バレ 第一部 太陽旗、第二部 虹の橋』 

1930年頃。『霧社事件』二部形式で、計4時間半の大作。1930年、日本統治時代の台湾で起こった先住民セデック族による抗日蜂起事件である霧社事件を描く。台湾の映画で、外国が描く日本人ということで貴重な作品である。

『KANO 1931海の向こうの甲子園』

1931年頃。台湾は、1895年(明治28年) – 1945年(昭和20年)のおよそ50年ほど日本の統治下にあった。『大日本帝国』である。その時間は歴史にしてほんのわずかだが、しかし確かに存在した。そして、こういうドラマがあった。これは本当の話である。

『中国侵攻作戦』

1937年頃。ドキュメンタリー映画。時は日中戦争(1937~1945年)。つまり、中国に侵攻するのは日本である。古い映画だが、名前と当時の帝国主義たる大日本帝国から考えられるような一方的な展開はない。むしろ中国がどのようにして日本を『跳ね返したか』ということが詳細に描かれている。

『太陽の帝国』

1937年頃。イギリスの小説家J・G・バラードの体験をつづった半自伝的な長編小説を映画化。大日本帝国時代に捕虜にされたイギリス人の映画はいくつもあるが、クリスチャンベールの子供時代が見られるだけで貴重。更に、物語自体もスピルバーグが監督をしていることもあってクオリティが高い。

『杉原千畝』

1939年頃。シンドラーも偉いが、もし救った人数だけを考えるなら、彼の方が多かった。しかし彼がやったことは違反だ。見つかれば自分の身も危ない。それはシンドラーも同じだったが、この時代、彼らのようにユダヤ人問題に直面した人間が大勢いた。

『不屈の男 アンブロークン』

1940年頃。アメリカのオリンピック代表選手ルイス・“ルイ”・ザンペリーニをが第二次世界大戦宙に日本軍に囚われたときのことを描く。ザンペリーニは第二次世界大戦中に搭乗していた爆撃機が墜落し、いかだで47日間漂流した後に複数の捕虜収容所へと送られた。そこで展開されるのは他にもいくつか映画がある『英国人捕虜と日本軍』の関係だ。

『連合艦隊』

1940年頃。『大日本帝国の連合艦隊・戦艦大和の行方』。『連合艦隊』と聞けば、当時を生きる子供たちは戦隊もののヒーロードラマを語るかのような口ぶりで興奮した。それが正義の味方だと思っていたからだ。この艦隊の中にはあの世界一巨大な軍艦、戦艦大和も存在していた。では、これら艦隊の行く末はどうなったのだろうか。

『ラストエンペラー』

1908~1987年頃。『時代に振り回された中国最後の皇帝の哀愁』。溥儀(ふぎ)という男を知っているだろうか。もしあなたが日本人なら、彼を知らなかったことに恥を覚えるだろう。中国最後の皇帝は、一体どういう人生を送ったのか。日本との関係は。

『戦場のメリークリスマス』

1942年頃。日本統治下にあるジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所。原作者、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト自身の体験を描いたものである。私も大好きな最高の音楽が生み出された映画でもある。

『硫黄島からの手紙』

1945年頃。『硫黄島プロジェクト(日本目線)』1945年2月。小笠原諸島の更に遠く離れた南の島、硫黄島は、しかし、ここを死守しなければ日本に壊滅的なダメージが与えられることは分かっていた。ここを拠点とされるとまずい。栗林忠道陸軍大将の手紙を基に、クリント・イーストウッドがリアルな硫黄島の戦いを描く。

『ハクソー・リッジ』

1945年頃。『戦場で信念を貫いた男』かつて、実の兄との喧嘩で兄を死なせそうになる出来事が起き、自らを責め、「汝、殺すことなかれ」という教えを胸に刻むクリスチャンの男。しかし、戦争というあまりにも矛盾した世界に直面することになる。果たして、沖縄の戦場で、敵、味方をどう判断し、『誰の命』を守るのか。

『永遠の0』

1945年頃。第二次世界大戦(大東亜戦争)で出征した著者の父親や親族が影響を与えている。神風特攻隊はテロリストなのか、過激な何かなのか、それとも。

『火垂るの墓』

1945年6月。かつて、大島渚やダウンタウン浜田雅功と殴り合って喧嘩をした野坂昭如の壮絶な戦争体験を基に作られた、実話ベースの衝撃の作品。これを観ると、宗教に悩まされ、宗教が嫌いになった私ですら、宗教がこの世にあってほしいと願ってしまうのである。

『この世界の片隅に』

1945年頃。ほのぼのとして、のんきで、能天気。どこかその雰囲気に無責任さすら覚える温かい世界観が広がる。だが、それは束の間のこと。戦争が起き、爆弾が投下され、彼女の手の感覚はなくなった。それは、決してなくなってはならない、尊い尊いぬくもりだった。

『ビルマの竪琴』

1945年頃。『ビルマ(ミャンマー)に鳴り響く哀しい音色』戦争が終わった。だからみんなは日本に帰りたかった。だが、この男は帰らなかった。いや、帰れなかった。戦後のビルマに、竪琴の哀しい音色が鳴り響く。

『終戦のエンペラー』

1945年頃。かつて、天皇に対して『天皇』などという言い方をすることはあまりにも恐れ多かった時代があった。『天皇陛下』だ。ちゃんとそう言わなければならない。そこにあるのは天皇に対する日本人の畏怖と称賛の念である。マッカーサーはあの時、この戦争の根幹にあるものが何かを突き止めた。

『日本のいちばん長い日』

1945年頃。海軍良識派の米内光政と山本五十六は、陸軍強硬派の東条英機らと衝突した。戦争を避けるか、それとも攻めるかである。つまり、陸軍というのは血気盛んだ。天皇が降伏宣言をしたとき、彼らはどういう行動に出たのか。

『東京裁判』

1946年頃。大日本帝国は、『坂の上の雲』に存在した禍々しい実態で汚れた、人間の黒歴史である。東条英機というのは世界でも有名なファシスト(帝国主義者)だ。では、彼らは一体どういう最期を迎えたのか。この日本において天皇すらも正当に評価する、真実を描写した重要な資料である。

『パシフィック・ウォー』

1945年頃。戦争終結の極秘任務を命じられたアメリカ海軍の巡洋艦インディアナポリスとその艦長チャールズ・B・マクベイ3世という人物が遂行する『極秘ミッション』。


運営者

運営者のIQから一言。

『大日本帝国』という言葉を使うことすら抵抗がありますよね。私も20代の頃に部下に『大社長』というテキストが入ったものを貰いましたが、それを見て心底から喜ぶということはありませんでした。結局、それをくれた部下はもういませんからね。そういう表層をメッキ的に飾ろうとする見栄と虚勢に支配された人間は、浅薄と言わざるを得ません。彼はもう更生しているでしょうからいいのですが、こと『国』という規模になってくると、その軌道修正も難しい。ゆえに、半藤一利の著書、『昭和史』には、この『戦争』があった昭和の時代について書かれています。

『日露戦争直前の、いや日清戦争前の日本に戻った。つまり50年間の営々辛苦は無に帰したのです。昭和史とは、その無になる為の過程であったといえるようです。』


3.『世界が描く日本の実態』

世界から見ると『大日本帝国』というのはこう見えていた。という客観視を得ることができる映画をピックアップ。


今回配合するレシピはこちらです!

  1. ハクソー・リッジ』
  2. 終戦のエンペラー』
  3. パール・ハーバー』
  4. 硫黄島からの手紙』
  5. 父親たちの星条旗』
  6. 『レイルウェイ 運命の旅路』
  7. ラストエンペラー』
  8. 『不屈の男アンブロークン』


『ハクソー・リッジ』

前述したように、第二次世界大戦で沖縄を舞台にした映画。かつて、実の兄との喧嘩で兄を死なせそうになる出来事が起き、自らを責め、「汝、殺すことなかれ」という教えを胸に刻むクリスチャンの男。しかし、戦争というあまりにも矛盾した世界に直面することになる。果たして、沖縄の戦場で、敵、味方をどう判断し、『誰の命』を守るのか。

『終戦のエンペラー』

前述したように、第二次世界大戦後の日本が描かれる。かつて、天皇に対して『天皇』などという言い方をすることはあまりにも恐れ多かった時代があった。『天皇陛下』だ。ちゃんとそう言わなければならない。そこにあるのは天皇に対する日本人の畏怖と称賛の念である。マッカーサーはあの時、この戦争の根幹にあるものが何かを突き止めた。

『パール・ハーバー』

第二次世界大戦開戦前後から日本軍による真珠湾攻撃を経てアメリカ初の日本本土に対する攻撃ドーリットル空襲に至るまでの時代背景をモチーフとしているが、本作の偏見的な描写はアメリカ国内でも注目され、アメリカの有名な映画評論家であるロジャー・イーバートは「この作品は真珠湾攻撃を知らないか、第二次世界大戦さえも知らない観客を対象に作ったのだろう」と批評した。

『硫黄島からの手紙』

1945年頃。『硫黄島プロジェクト(日本目線)』1945年2月。小笠原諸島の更に遠く離れた南の島、硫黄島は、しかし、ここを死守しなければ日本に壊滅的なダメージが与えられることは分かっていた。ここを拠点とされるとまずい。栗林忠道陸軍大将の手紙を基に、クリント・イーストウッドがリアルな硫黄島の戦いを描く。

『父親たちの星条旗』

1945年頃。『硫黄島プロジェクト(アメリカ目線)』硫黄島の戦いに勝ったのは確かにアメリカだった。そして、アメリカ人はここに立てられた星条旗の写真を見て、歓喜に沸いた。だが、アメリカは本当に勝ったのか。第二次世界大戦で最も人的被害が大きかったのは、この戦いだった。

『レイルウェイ 運命の旅路』

1980年頃。『戦場にメリークリスマスなどなかった』。『戦場のメリークリスマス』という映画がある。あれは私も大好きな映画だ。音楽など、最高である。だが、我々はそれと併せて、この映画を観なければならない。

『ラストエンペラー』

前述したように、1908~1987年頃。中国最後の皇帝である溥儀(ふぎ)の一生を描く。

『不屈の男アンブロークン』

前述したように、1940年頃。アメリカのオリンピック代表選手ルイス・“ルイ”・ザンペリーニをが第二次世界大戦宙に日本軍に囚われたときのことを描く。だがこの映画の原作に、日本軍によって「何千人もの捕虜が、死ぬまで叩くか焼くか刺すか棍棒で殴るかされたり、撃ち殺されたり、斬首されたり、医学実験の過程で殺されたり、儀式的なカニバリズム行為で生きたまま食べられたりした」という記述があり、そのあたりの問題で上映中止問題が起きた。


運営者

運営者のIQから一言。

『捕虜が、死ぬまで叩くか焼くか刺すか棍棒で殴るかされたり、撃ち殺されたり、斬首されたり、医学実験の過程で殺された』ということなら蓋然性が高いですよね。つい最近でもロシアの兵士が罪のないウクライナ人に、ここに書きたくもないような残虐なことをして最後に殺害し、更にその後に・・という耳を疑うようなことをしたニュースが当たり前のように飛び込んできましたからね。文字にすると残酷に見えますが、自国だからといって正当化してはいけませんよね。つまり日本に限らず、『兵士と捕虜』が『戦場』にいた場合、どの国のどんな人であっても、そうした一線を越えた行為に走る可能性は常に存在しています。

また、カニバリズムとしても、1945年(昭和20年)に小笠原諸島父島において日本の陸海軍高級幹部が、アメリカ軍航空部隊の搭乗員である捕虜8名を処刑し、そのうち5名の人肉を嗜食したとされる事件である『小笠原事件』というものがありました。『生きたまま』は食べていませんが、日本だから過剰防衛しがちですが、世界に目を向ければそういう行為を行っていた民族は実在しますから、何事も常に真実を話さなければなりません。もちろん、この映画の過剰な保護もしないし、日本の過剰防衛も、中国の過剰な抗日運動も、すべて『過剰』は真実ではありません。

しかし人間というものは真実を語るとき、少し熱を込めて語ってしまうものです。その熱は『感情』でもあり、『あの時、我々の心(感情)は踏みにじられた』という恐怖と怒りが、事実を歪曲させてしまうのです。その心を守るために法律があり、あらゆるルールや道徳、倫理がある。ただ、戦争というものはそれらのすべての『防壁』の外で行われた人間の越権行為。それを語るとき、どうしてもそれぞれの立場からそれぞれの熱がこもった意見が出て、戦争が終わっても尚、争いの種となってしまうのです。

『第三次世界大戦がどのように行われるかは私にはわからないが、第四次世界大戦で何が使われるかはお教えできる。石だ!』-アインシュタイン


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