偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

ふむ…。
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目次
考察
文明があろうがなかろうが、人間は残忍だろう。他の動物を殺してその肉を加工して美味しく食べたり、毛皮を引き剥がしてコートにしたり、そういうことをやっている以上は、人間が残忍ではない、ということには永遠にならないだろう。
また、何も武器が無い時代に、落とし穴や自然で作った斧か何かで狩猟する姿と、もっと緻密に計算された銃や薬品や戦車等で狩猟する姿の方が、『残忍さが醜悪になった』という印象を受けることになる。
それは、『文明とは、人間の醜悪さを強化させるために発展したのではなく、人間の生活に利便性をもたらす為に作られたのだ』という考え方と相反するからということもある。利便性を追求して、『世の為人の為』というさもそれっぽい大義名分を掲げておいて、実際はそれを悪用してしまい、あるいは道を逸れてしまっている。
このことから、人間には文明を発展させる資格はない、という考えが頭をよぎるわけだが、アインシュタインが、
と言った様に、その考え方はいささか短絡的なようだ。しかし、それでも文明の発展と共に人間の醜悪さが増幅された事実からは、決して目を逸らしてはならない。逸らさないことで、いつか明確な答えが浮き彫りになる日が来るだろう。
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