偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

ふむ…。
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目次
考察
『世界は数字で出来ている』と言うが、別にそれを認識していない人は多くいて、むしろ、そういう人の方が圧倒的に多い。『パレートの法則』で考えても、8割がそっちだ。しかし、さっそく数字が出てきてしまった。なるほど、こう考えると、『世界は数字で出来ている』ということもわかる。
それにパソコンは、『0と1』の『2進法』で成り立っているし、売り上げを追う会社も、1円を切り詰める主婦も、テストの点数を気にする学生も、貯金を気にするあの人も、皆『数字』に支配されて、生きていることになる。
ニーチェは言った。
『論理は完全な虚構の見本である。現実の中には論理などは存在せず、現実はまったく別の複雑極まりないものである。我々は実際の出来事を思考においていわば簡略化装置で濾過するように、この虚構を図式化することによって記号化し論理的プロセスとして伝達および認識可能なものとする。』
そう考えると、『思考によって見出された論理』の上に成り立つ、『言語』は、一次言語であり、『数学』は、二次言語だが、どちらにせよそれはニーチェの言う通り、虚構である。虚構とは、事実ではないことを無理やり事実っぽく作り上げたもの。
アインシュタインは言った。
『数学の法則を現実に当てはめるならば、それは不確かなものになる。数学の法則が確かであるならば、それは現実には当てはまらない。』
ということは、『世界は数字で出来ている』のだろうか?いないのだろうか。今の私では、ここで思考停止だ。いずれまた挑もう。
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