偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け
[say name=”偉人” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/人物アイコン.png”]ドイツの哲学者 ニーチェ(画像)[/say]
[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/シャーロックホームズアイコン1.png” from=”right”]ふむ…。[/say]
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考察
『自己啓発』とは、自分を内省し、自己をより高い境地へと昇華させること。それはまるでニーチェの言う通り、自己の彫刻に他ならない。この彫刻にこだわりがあればあるほど、『完璧主義』である。
要は、『その現状の像に納得がいかない』のだ。それを、より洗練されたものに、研ぎ澄ませたい。目標が高く、なりたい自分が明確にわかっている、意志の強い人間。短絡的に考える浅薄な人が、よくこういう人を『ナルシスト』だと言うのだが、彼らが言う『自己陶酔』とはまた意味が違うのだ。
ナルシストは、自分のことが大好き。それが、『現状の自分』でもである。しかし、向上心のある人間は、そういう自己陶酔はしない。
(今のままでは未完成だ。)
と言って、自分の像のいびつな部分から、目を逸らさないのだ。そこがナルシストとの違いである。では、『常に汝自身でいる』ということはどういうことだろうか。
ニーチェはこうも言っている。
つまりこういうことだ。『他の要素に触れると、色がつく』のである。あるいはここで言うなら、『砂塵』や『汚れ』でもいいが、このダイバーシティ(多様性)のある世の中を生きていると、自分という『像』に、他の色や、砂塵、汚れといった付着物が付く。そうすると、その『像』はもはや、原形を失っている。違う要素が入り込んでいるからだ。だとしたら、それを彫刻の様に削り取る作業も、必要となるのだ。
そんなイメージを思い浮かべると、
『常に自分が自分自身である為に、他の要素を削り取る彫刻家になる必要がある。』
このイメージが、わかりやすくなるのである。自己啓発と自己防衛の為に、我々は彫刻家でありたい。そんなメッセージが、私の心には、届いた。もちろん、『他の要素と結合したい』という寂しがり屋も、世の中には、大勢いる。どう生きるかは、自分の自由だ。
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