偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け
[say name=”偉人” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/02/レディーアイコン4.png” from=”right”]アメリカの教育者 ヘレン・ケラー(画像)[/say]
[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/02/シャーロックホームズアイコン2.png”]ふむ…。[/say]
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考察
『盲ろう(視覚や聴覚に障害があること)』のハンデを負い、世界各地の障害者にエールを送り続けた勇気ある女性、ヘレン・ケラー。彼女が言う言葉だからこそ、重みがあるという人もいるだろう。だが私はそういう風に『人』や『肩書』で見ないことにしている。だから、例えホームレスと大統領が同じことを言っても、私はその『言った同じこと』の本質の部分だけを見ることにしていて、差別をするつもりはない。
孔子の言葉の超訳に書いたが、
孔子はこのように言い、実際に論語に、
『誰が言った言葉であっても、正論には耳を傾けよ。』(衛霊公第十五-二十三)
という言葉があるのだ。そして私は別に、孔子の言葉を見る前から、それを重んじていた。だが、その当時一緒に共同経営しようとしていた10歳年上の人間にそれを言うと、
[say name=”” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/女性の人物フリーアイコン素材.png”]いや、ホームレスと努力した人を一緒にはしないな。[/say]
と言ったが、私は『ホームレスと努力した人が一緒』だとは一言も言っていないのだ。人の話は注意深く聞かなければならない。たとえ相手が23歳の幼い子供に見えても。詳しくは前述した孔子の言葉をもう一度熟読するといいだろう。
さて、それだけのことは言わせてもらったが、だがしかし、だ。
マルコムXが、
と発言するに至った経緯や、リンカーンが、
と言うまでに通ってきた道のりを紐解いて見た時、やはり、彼らの肩を持ってしまう自分がいることに気が付くのである。そう考えると、ヘレン・ケラーのこの言葉もそうだ。目が見えない。耳が聞こえない。そんな世界、この楽観主義の塊のような私でさえ、ふんどしを締め直さなければ、直視できない。
同じく盲目のミュージシャンである、スティービー・ワンダーは言った。
フランスの初代大統領、シャルル・ド・ゴールは言った。
あるいは、牧師、フォスディックは言った。
目が見えない。耳が聞こえない。足が無くなった。言葉が出なくなった。だが、それでも人生は続くのだ。そうでなくても、人生は終わるのだ。だとしたら今日を、明日をどう生きるべきだろうか。そんな自分にしか歩けない『悔いの無い人生』を生きる道とは、どういう道だろうか。
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