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松下幸之助『美と醜は表裏一体。美の面に囚われ、反面の醜を責めるに急なのは、真実を知らぬ姿である。』

偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け

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[say name=”運営者” img=”https://a-inquiry.com/health/wp-content/uploads/2019/03/シャーロックホームズアイコン1.png” from=”right”]ふむ…。[/say]
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考察

美と醜は表裏一体であるというのに、美の面だけに囚われ、その反面である醜の実態に慌てふためているのは、もとより『醜など自分とは無縁だ』と思っていた証拠であり、それは『美と醜は表裏一体である』という真実を知らぬ姿である。

 

 

しかしその前に、『美と醜が表裏一体』であるということはどういう意味だろうか。普通、『美』は『美』だ。醜いものとは、対極にあるはずのものである。だが、もしこの言葉の意味を正当なものにするのであれば、考えるべきなのは、『元々この世に美などない』という真実の実態である。我々人間が『美』と判断するのは何か。美男美女、花火にネオンに夜景に親子愛。

 

 

確かにこれらは美しい。秀麗であり、秀逸な美だ。だが、それは人間の眼から見た場合だけだ。

 

例えば、その花火を観ようとして、花火大会の場所取りをしようとしたとする。しかし、横着で自分勝手な場所取りが多いため、それは規制されているはずだった。だが、それでも『どうせみんなもやるだろ』という持論を持って、芝生にガムテープを貼って、場所取りをするわけだ。そうまでして観たい景色が、そこにある。花火はとても、美しいのだ。だが、そこにあるのは人間の禍々しく、醜くて汚い実態である。

 

人間の生活がよりスムーズに、便利になるように、土地を埋め立て、そこに『綺麗な夜景』のスポットとなる、大きなレジャー施設を建設した。人々は、『実に便利だ』と口を揃えてその施設に通い、夜は綺麗で美しい夜景を見ながら、恋人は愛を語った。しかし、その人間の利便性と美の追求の代償に、埋め立てられて死に追いやられた、他の生命の命があった。

 

美しい。それはそもそも、人間が捻出した概念だ。その他の一切の森羅万象には、無縁の概念だ。だとしたら、その正確性は疑わしい。それを理解することが、真実を知る為の手掛かりとなる。

 

 

 

 

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